5.人生はベースボール(Damn Yankees)

白球を追い、浪漫溢るる華麗な妙技の数々に涙せんとす男たちの戦場・・・。
 


●観戦記99年:「日ハムVS近鉄、10回戦」
 
 
チーム
近鉄
日本ハム ×

 負けるなマットソン。いや、もともとナックルボール・ピッチャーなんてぇもんは風向き一つで目の覚めるような快投を演じたかと思えば滅多打ちにあって速攻でシャワーを浴びに行くもんじゃないですか。そのかわり故障が少なく、一年を通じて中3〜4日でひょいひょい投げる丈夫で長持ちな種族な訳で、どうもその当たりを佐々木監督が勘違いしているのではないでしょうか。初回でノックアウトされたら、中一日くらいで平然とマウンドに送り出せば良いのです。

  かの素晴らしいナックル投手のニークロ先生だって40歳で300イニング以上投げて、21勝ですよ。その代わりといっちゃあなんですが、負けだって20あったんですから。それを簡単に二軍に落とすなんてあんまりです。これからの湿った空気はナックルボーラーには最適なのに。せめて大阪ドームの空調をマットソン登板日には湿度温度を高めに調整するとか、ホームベース上に微かな向かい風が発生するようにするとか協力すべきではなかったのでしょうか。ともかく余分なプレッシャーをかけないで、もう少し飄々と投げさせて頂きたい物です。5/26(森山)
 


 
 


●観戦記:「日ハムVS近鉄、26回戦」

 9月22日に友人たちと東京ドームへ言って参りました。目当ては近鉄のナックラー、マットソンです。外では台風の最中、整理係が濡れ鼠で叫び、集う人々が強風にあおられ、木の葉のように舞うというのになぜか野球をやっている不思議。「この天気では、外でナックルを投げたらピッチャーに戻るのではないだろうか。」などと馬鹿なことを考えつつ、外野自由席へ。2回表からの観戦でしたが、幸いマットソンはまだマウンドにいてくれました。皆でスピードガンを指差し、球速が80〜90キロ代なら、「ナックルだ。」「そうだな。」と頷いていました。この日のマットソンは好調。ナックルは見せ球に、130キロ代の速球(オリックスの星野より速い!)で日ハムにフライと内野ゴロを量産させませた。自分のイメージを逆手に取った老練狡猾な投球内容。単純なワンピッチ・パフォーマーではなかったのですね。

  それ以外で印象に残ったのは執拗で殺気のこもったマットソンの牽制です。私の記憶では東尾監督の現役時代以来です。これを観れただけでも球場に来た甲斐がありました。

  残念だったのは、日ハムの岩本投手の早期降板です。後に聞いた話では、肩に違和感を感じつつ、言い出せなかったとのこと。日ハムには痛い離脱です。プレッシャーと故障の怖さを痛感しました。落合を見ることが出来なかったのも残念でした。後、ドーム球場のホームランの呆気無さも少し残念でした。

  それでも野球を観るのは本当に素晴らしいなあ。ちょっとお酒を飲み過ぎましたが、徹夜明けの翌朝、道路が最高のナックルボールのように波打ってました。

 9月23日の『日刊スポーツ』を参考にさせて頂きました。9/26(森山)
 


●それいけ、ナックラー!。

 後年野球ファンの間では「ホームランの年」として記憶される98年度メジャーリーグ・シーズンですが、綺羅星のような長距離砲の陰で静かに復活の気配なのがナックルボーラー(ナックラー)です。

  思い起こせば5年前、彼らは僅か3名を数えるのみとなり、時の野球史家が「消えゆく種族」と追悼特集を組む始末でした。確かに最年長のチャーリー・ハフは背中の丸くなった45歳、真ん中のトム・キャンディオッティにしても36歳、最年少27歳のティム・ウエイクフィールドに至っては不調でマイナー落ちという有り様では無理からぬ事でした。

  翌94年は悲惨を極め、ハフがこの年終盤のストライキ騒動に先駆け引退(良き時代の終焉か?)、ウエイクフィールドは一年中マイナーで喘ぎ、キャンディオッティの孤軍奮闘状態でした。

  私は絶滅した生物や、一度失われた文化は絶対復活しない法則を思い出し、暗澹たる気持ちになったものです。

  だが、私は知らなかったのですが、米国ではテキサス・レンジャースのマイナーをはじめ、長寿で確かなローテーション投手たるナックラーを養成する複数のプロジェクトがあったのです。翌95年には2人の新人(といっても29歳と30歳)、デニス・スプリンガーとスティーブ・スパークスがデビュー、一度馘になったウエイクフィールドも前半戦だけならサイ・ヤング賞に匹敵する大活躍。中継ぎに降格されても淡々と投げ続けるキャンディオッティも含め、4名ものナックラーがメジャーで投げる活況となりました。

  今年も上記4人はマイナーに落とされたり、チームを変わったりしながらも元気で頑張っている様子。やはり球団拡張はナックラーにも活躍の場を与えてくれたのですね。

  おりしも日本で投げているマットソンもマイナーでチャーリー・ハフにナックルを教わった直弟子との事。ヤクルトの北川、中日の前田(共に復活組)も含め、日本プロ野球界に3人ものナックラーが居るのは珍しい事です。

  ああ、それにしてもプロ野球ニュースでやっていたマットソンと日ハム片岡選手の対決には感動しました。私はああいうシーンをずーと見たかったのです。マットソンの70キロ台のナックルも、片岡選手の「こんちくしょう!」という全力スイングも本当に素晴らしかったです。

  今年中に絶対生マットソンを見に行く事を決意させるシーンでした。例えば千葉マリンスタジアムの風が彼のナックルに悪魔の動きを引き起こせるのでは……などとワクワクしています。9/20(森山)
 


●「頑張れ、マットソン!」

 はじめまして。私はテレビでも球場でも野球観戦を致しますが、最も好きなのは印刷物で野球記事を読む事という邪道のファンです。

  今一番興味を持っている選手が近鉄バッファローズのナックルボーラー、マットソンです。

 「ナックルボール」と言えば数有る野球入門の「投球術編」に於いては、いつも邪道扱いです。艶やかさに欠ける事や、コントロールしにくい点が原因のようです。 したがって、この球を投じる選手は老獪な大ベテランや(なにせ肩への負担が軽い為一度マスターすると寿命が長い)、野手からの転身組、または負傷で一度は投手を断念した人など、曲者、苦労人揃いで、投手より内野手に近い利他の心の持ち主や、野球より詐欺師や手品師に向いたメンタリティの人が多いのです。

 マットソンにしても今から7年前に、母国アメリカで野手から投手に転向し、メキシコ球界でも投げた渡り鳥で、日本でも年棒700万円の薄給おまけ外国人投手です。オープン戦では振るわず、開幕から二軍暮らしでしたが、後期に一軍登録されると、70キロ台のナックルと、130キロ台の速球で早くも6勝をあげています(9/3現在)。日本ハムファイターズの打線がスランプに陥った原因とも言われています(?)。確かにこんな投手のあとに大塚の速球なんて打ちたくないですよね。

 頑張れ、マットソン!。力を抜け。風を読め。スナップを利かすな。腰を引け。バッターを翻弄しろ。でも怒ったバッターのピッチャー返しには気を付けてね。

 本編を書くにあたり、(株)ベースボール・マガジン社刊「週間ベースボール〜特集;変化球のすべて」を参考に致しました 。

9/8(森山)
 
 
 
 
 
 
 


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