W杯、日本サポーター観戦記
 ・日本×ロシア     (さいたま市駒場スタジアム)
 ・ブラジル×ドイツ (群馬県大泉町ブラジリアン・プラザ)
 ・同行者Nのレポート



(2002.6.9)(日本×ロシア)


 そのメールが届いたのは、W杯が盛り上がりはじめた6月のはじめだった。
「日本チームサポーターを見に行きませんか」
わたしに輪をかけて人非人であるNからの誘いを断ることもなく、嬉々として次回の大型画面で観戦するパブリック・ビューイングを開催している日本戦の会場を検索すると、5万人収容の国立競技場が出てきた。しかしテレビを見るのに2300円を払うのも如何なものか。で、さらに探して見つかったのがKスタジアム。無料というのが魅力であるし、1万5千人まで入れるという。さっそく、返信のメールを打ち、日本対ロシア戦に備えることにした。
 当日は最寄りのJR、浦和駅に16時に集合する。試合開始は20時30分。13時から整理券を配布とのこと。なんとも気が早いことだと思いながら改札に向かうと、「本日の整理券は配布終了しました」との立て看板。いきなりのサポーター・カウンターパンチを食らったNと私はしばし途方に暮れる。「とりあえず会場まで行ってダメなら居酒屋でテレビでもいいじゃない」との提案により行動h開始。Jリーグチーム浦和レッズの本拠地だけにやたら観客のフットワークが良いのだろうか。気温30度のなか、W杯参加国の旗が飾られた狭い商店街を通り抜ける。途中のファミリーマートでは便乗商法のユニフォームのレプリカが売られていた。2300円也。
 会場に近づくと、若い人たちが目立つようになってきた。遠目に見える競技場のスタンドには人が入っているのが見え、声援も聞こえる。裏門のあたりにはやはり入れなかった人が数人たむろしていた。ここには警備員が一人ですべてをさばいていたが、捌ききれずにいささか不穏な空気も広がっている。なんといってもあきらめるにはまだ4時間もあるのだ。まあ入れないなら入れないで会場を一周するかとバックスタンド側入り口にまわる。ここには屋台が出ていたり、サポーターのための無料フェイス・ペインティングをしていた。と、前方に行列が。聞き込みの結果、もしかしたら入れる行列だとのこと。100人ほどが既に並んでいる。例外なく、中学生から30代までのグループばかりだ。別に騒ぐこともなくおとなしく座っていたりする。熱狂的というわけでもない。スタンドからは相変わらずテレビでお馴染みのニッポンコールが絶え間なく聞こえる。待つこと30分。ようやく入場できる。先を争うわけでもなく行儀良くみな進んでいく。階段を5階分昇ると正面スタンドに出る。向かって左側のスコアボードにモニターが備えられている。西陽を浴びながらスタンドを見回せば、既に7割の入り。まだまだ余裕はある。Nは双眼鏡でウォッチング。
 スタンドは、大体数人のグループずつで来ているようだ。男のみのグループはあるが、女のみは見かけない。まあ男女グループが一番多いようだ。でユニフォームのレプリカは半数は来ていたね。おもしろいのは背番号がバラけていることだ。中田英は多かったけど、登録メンバーは全部いたんじゃないかな、あ、秋田がいなかったな。あとなぜか川口も。まだまだ時間があるのに、もう手拍子、かけ声がすごい。バックスタンド側に持ち込み禁止のドラムが打ち鳴らされ、その周辺がグループを作っていた。自然発生的に何グループも出来て、そのまわりごとに盛り上がっている。一番タイミングが良く、ノリやすい応援だと同調する人間が多くなり、広がっていき、また、消えていく、その繰り返しだ。野球のように「ここで手拍子」ということがなく、大声に同調しシンクロしていく、輪が広がるという形だ。かけ声はテレビで聞くお馴染みのものばかりだ。ジュビロ磐田のやるナカヤマ・コールもあった。もうみなすでに刷り込まれているようだ。意外と「オレ・オレ・オレ・オレ・ウィアー・ザ・チャンプ」は盛り上がらなかった。みんなそこしか知らないためだろうか。
 見ているとみんなが騒ぎたくてたまらないのが良くわかる。お役所主催のイベントなので始まるまでは放っておかれるのでヒマで仕方がない。やたらウェーブをしていた。これだけ入ると繋がるのでおもしろい。
 そうやってサポーターを盛り上げるのが、楽しくてタマラナイ目立ちたがり屋が応援を主導している。ある種騒ぐの公認の体育祭か年に一度の祭りのようなものであろう。いまのところは誰にも制止されていない。しかし驚くほど和気愛愛としている。絶対街で会ったら口も聞かない感じでも各々勝手に盛り上がっている。変に連帯しないところがいいね。運動会的なお愛想じゃなく客席も無理せずに適当にノッテいる。日本も変わったね。
 FIFAの黒い陰謀のためか、つまらない3DCGサッカー・アニメを30分×2本見せられる。会場はその間休憩。でもなかな収まらない。ついに数人がピッチに出て駆け回る。警備員との追いかけっこ。それにしても応援の騒ぎのペースが崩れないのがすごいエネルギーだ。
 数人が席の空いている端に移動して、上半身裸になりシャツを振り回す。すると次々に同調者が現れて、いつのまにか100人くらいの集団となる。変な光景に会場が面白がる。でなかに爆竹を持った奴がどさくさに紛れて鳴らす。さすがに警備員が3人ほど入っていくと集団は自動的に解散した。
 ようやく20時になり、また主催者自己満足イベントで、近所のPTAによる応援チアリーディングもどきダンスが始まる。しかも10分近くだらだらとやる。まーブーイングにならないだけで良いかなくらい。残り5分でスターティング・イレブンの発表で会場が大騒ぎ。スカパーの映像は、選手入場から始まる。「君が代」をこんな大勢が歌っているのを見たのは初めてだ。
 キック・オフと同時に横浜の歓声とこちらの歓声が混じりあり大騒ぎとなる。みな立ち上がり、ニッポンコールと、手を前に突き出すポーズを取る。会場での盛り上がりでありながら、リプレイでどよめくところがテレビ観戦的なんで、二倍楽しめる感じ。前半を終わり、興奮冷めやらぬままに後半、59分、稲本のシュート。ものすごい大歓声。同時に30人ほどがピッチに飛び出す。警備員が制止するがほとんど止められない。映像が突如中断。主催者から注意のアナウンス。まだ下で騒いでいる奴等に向かってはサポーター全体がすかさずブーイングの嵐。なんかすげえ連携プレイ。映像が始まるといきなり潤一ではなく、純一郎のアップが写り場内爆笑でふたたび盛り上がる。最後のホイッスルまでの時間が短い短い。終わったときには再び乱入、ペットボトル投げ込みでもう収集つかず。終わってもみな帰らず、再三の注意も無視してニッポンコール。騒ぐというより、みんなでコールする会場の続きの感じだね。Nも「いやあタダでいいもの見せてもらいました」とちょっと興奮気味。
 U駅前でも、みんな騒いでいる。早くもスカパーのチラシ形式の号外が出ている。ホームの中でもニッポンコール。やーどこまで続くんだろうか。騒ぎたい奴等には最高のイベントだし、みんなでテレビを見るにもいいイベント。ホント若い人しかいないし、特にだれも仕切っていないというのもおもしろい。楽しませてもらいました。

追記:予想通りというか、この次のパブリック・ビューイングは中止となった。いやね、これでサッカーなら暴れてもいいという風に容認されるようになるんじゃないでしょうか。みんなテレビ見てフーリガンとはこういうモンだと学んで、そこまでいかないくらい暴れてもいいだろうという空気ができたんじゃないだろうかな。
 



(2002.6.30)(ブラジル×ドイツ)


 予想通り(?)ブラジルが勝ち抜いてくれたんで、群馬県大泉町に行く。すでに新聞、テレビで言われるように人口5万人の10人に一人がブラジル人および日系ブラジル人という町。三洋電機と富士重工の工場が町のなかに広い敷地を持っている。
 さて気の早い我々(同行は日本戦パブリック・ビューイングに行ったN)は、午後三時くらいに現地に到着。町の入り口東武線西小泉駅から歩いて3分ほどのところにある、ブラジリアン・プラザの駐車場にクルマを停める。ここはテナントがブラジル関係だけという観光スポットでもある。ブラジリアン・プラザと言っても、2階建てのスーパーマーケット。くたびれた外装から改装しただけの建物だというのがわかる。何人かの若者が黄色のTシャツを着てたむろっている。テレビの中継車もキー局はみな来ている。
 さっそく中に入る。地元資本の小スーパーくらいの大きさ。なんとなく雰囲気が外国のスーパー、やたらきっちりしている日本のスーパーと違い、海外の市場に近い匂いのするスーパーだ。日本の昔の市場スーパーのようでもあると言ってもいい。一階には、写真プリント、電化製品、おもにオーディオビデオ類、日本の土産、人形とかペンダント、服や日用品とおもちゃが少し、簡易ドリンクスタンドの向こうにクリーニング店。フロアの半分しか埋まっていない。電化製品はどちらかというと土産に送るような品揃え。二階に上がると、ソーセージや肉塊が並ぶ肉屋、その正面に木箱のコンテナ梱包屋(?)、海外に荷物を送るためではないかな。旅行会社、雑誌や食料品が雑多に並ぶ店。全部英語かポルトガル語のレンタルビデオ屋。簡易食堂とドリンクバー。中央のテーブルが並び飲食ができるスペースでは、気の早いアマチュアサンバ演奏会とそれをみる人々、テレビカメラで賑わっていた。
 街を歩いてみる。いくつかポルトガル語の看板が目に付くだけで、国道沿いの寂れた商店街、繁盛するパチンコ店という変わらぬ地方都市、企業城下町の雰囲気。特にアパートが密集するという感じでもなく、地元のブラジルのひとびとは連れ添っては徒歩、自転車でぶらついている姿が目に付く。特に10代が目に付く。自家用車で走っている人も多い。意外とヤンキー車仕様の黒のミニバン、セダンが多い。とくに古いクルマと言うわけでもない。駅の近くのレストラン、「ブラジル」を発見。小さいファミリーレストランくらいで50人くらいの規模。2台のテレビではもちろんサッカーの再放送。メニューは写真付き。ブラジルの串焼きシュラスコとサラダごはんのセットにブラジルビールを頼む。うまい。食べきれないほどの量。ひとり2500円也。
 10分でブラジリアン・プラザに戻る。続々と人が集まり出す。日本人と半々くらいか。中に入ると一階のスペースにビデオ・プロジェクターが三台。見回すと500人くらいはいるか。ホントに老若男女来ている。狭いんで酸欠起こすかと思った。近所の人たちが集まってきているという雰囲気だった。試合開始10分くらい前になって良く見ると正面中央に日本人の集団10人くらいが固まって座って騒いでいるのがわかる。しきりにブラジル・コールとか挙げ句の果てにニッポン・コールを煽動している。はじめはつられてみんなコールをするが、だんだん同調しなくなっていく。やっているのは紛れ込んでいる日本人くらい。かれらはすぐに手を前に出すワンパターンのポーズをするからすぐにわかる。で、良く見ると日本人も半分ちかく混じっているようだ。かれらはとりあえず騒ぎたいだけのようだ。ブラジル国歌のときもなんとなく流れでみんな立ち上がった感じだし、試合が始まってもすぐにブラジル・コールやブーイングをして盛り上がりたがる日本人とちがい、試合をまずじっくりと集中して見ているように思えた。面白いのはゴールを外すと、日本人は「あー残念」と気が抜けるんだけど、まわりのブラジル人は「おお、惜しい、もう少しだ」という雰囲気になること。
 別段ヤジが飛んだりすることもなく前半は終わる。あまりの人の多さでなかにいるのがつらいので後半は外にいる。後半、得点が入る。少し離れたところにいたが、静かな町で会場のどよめく声が響く。その後2点目が入ると、ブラジリアン・プラザの前は人が増えてくる。携帯電話で連絡を取り合って集まるお馴染みの若者像。なんやかんやいってすぐに騒ぐのは日本人ばかりに思える。みんなが騒いでいるからすぐに騒ぐ構図は日本人特有。ブラジル人はそのスピードとは違う。とりあえず何が起きているかを確認する。当たり前のだとは思うが。ほとんど街頭テレビの時代のように遠くからちょっとだけ見える画面を見るのに人が群がる。中は熱気で窓ガラスが曇り出している。試合終了の頃には、人がごった返している。しかし屋外で騒ぐといった雰囲気ではない。ブラジルが勝つとどよめきが起きるが、熱狂的というわけでなく日本人サポーター的な盛り上がりじゃない。各々良かったねと言う感じだ。しばらくしてようやく肩を組んで騒ぎだすブラジル若者も出てきた。日本人が一緒に踊るとかはない。日本人は日本人でブラジル・コールと言った感じ。日本戦でよく見られたマニュアル通りのハイタッチはだれもしていない。
 やがてテレビの中継がはじまったらしく騒いでいる人たちにライトが当てられる。あの半分は便乗日本人だろうなあ。雨も強くなってきたので帰ることにする。国道は大渋滞。どこからかクルマに乗った人々が一気に現れた。いろんなところに集まって観戦していたようだ。家族連れもいる。みなブラジル国旗を翻し、ハコノリしたり、クラクションを勝手に鳴らす。はっきり言ってうるさい。ここはリオデジャネイロじゃない。対向車線同士で手を振り合う。なかには道路を駆け回ったりする奴等もでてきたりする。じわじわと盛り上がってくる感じが、いきなり沸点に達する日本人と違い、若者だけの文化じゃないなあという気がする。日本人の気の狂った感じもそれはそれで面白いけどね。サッカーを普段のなかで楽しんでいるのと、ただ騒ぎたいの違いがなんとなくみえたような気がした。Nは日本戦のバカ盛り上がりが気に入っていたようで、なんか冴えないなと首を傾げていた。
 あとは韓国サポーターという、サッカーとは別のモチベーションのひとたちも見ておくべきだったかな。



同行したNの感想


 ワールド・カップ決勝戦のサポーター観察についてですが、すっきりとは感想らしい感想が浮かんでこないんですよね。そもそもが決勝戦にも、ブラジル人サポーターの応援振りにも、あんまり関心がなかったわけで。これがイラン代表やアフガン代表だったら、全く話が違うんでしょうが…。
 ブラジル人サポーター観察プロジェクトの失敗の最大の原因は、我知らずとはいえ、大泉の応援団に、紋切り型の "ブラジル的"何 かの発見を期待していたことかな。ラテンだとかサンバだとかの通俗的な民族文化みたいなのを。でも、浅草サンバカーニバルにでも行かなけりゃ、そんなもの日本にあるわけ無いんですよね。
 90年前後を、外国人労働者の来日ピークと考えれば、大泉のブラジル人の多くは在日10年を超えてるはずだし、若い子たちは日本の教育を受けて育っているはずだし、その意味では、少なくとも表層の部分は、皆なもうどっぷりと日本のカルチャーに浸ってしまっている人々のはずなんですね。そんな彼らには、母国ブラジルのサッカーチームが決勝戦まで勝ち進んだからといって、ことさらに民族アイデンティを誇示する必要もないのでしょう。しかも、大型プロジェクターの前を、沢山のにわかブラジルファンの日本人が占拠している状態にあっては、ブラジリアン・プラザは、もうすでに日系ブラジル人のための応援会場ですらありえない。"あんた達、ブラジル人ならサンバ踊れ"っていう私達の要求が、そもそもからして無茶苦茶だったんですな。徳島県生まれの人に、徳島なら阿波おどりを踊れっていうようなものですね。
 日本のテレビでは、ブラジル本国のサッカー応援というと、サンバのリズムに合わせておっぱい揺らして踊りまくるお姉ちゃんの映像を流すのがお約束になってます。でも、実際には、そんなのはごく一部で、当たり前の話ですが、如何にブラジルといえども、テレビに向って声援を送るのが、サッカー応援の基本スタイルであることが確認できました。
 閑散とした商店街を見て実感しましたが、モノが売れない不景気の重圧は、大泉のような製造業の企業城下町においてとりわけ深刻であるようです。さらにその中でも、一番の憂き目に晒されているのが、マイノリティである日系ブラジル人であることは、間違い無いでしょう。バブル期、人手不足の解消に貢献する安価な労働力である外国人を、合法的に入国・雇用させるため人為的に創出されたのが、滞在資格としての日系人であれば、景気が低迷し始めたとき、真っ先にリストラ対象となったのも、彼ら日系人であったことでしょう。木造アパートの前にたむろする日系人の姿は二、三認めたが、一戸建て住宅に出入りする日系人は見かけず、いずれにしても、彼ら日系人の暮らしは、日本人以上に厳し
いのに違いない。
 日本のジャーナリズムによれば、スポーツとは、常に、観客に夢と希望を与える娯楽らしい。だから今回の大泉の応援会場にあっても、ワイドショーなら、「ブラジルチームの活躍は、不況に苦しむ日系ブラジル人を励まし、勇気付けました」というお情けのフレーズで、現場レポートを締め括るのだろう。
 本当に、スポーツって、観客の人生を鼓舞するものなのかな?今回ブラジル人サポーターを一見した限りでは、あまり関係ないような気がしたなぁ。ようするに、勝ってうれしい!ってこと以外のナニモノでも無い気がしたのだけれど。
 というより、これは数年以上、日常の彼らと深い関わりを保ち続けなければ見えてこない深いテーマなんだよね。安易に、スポーツと人生を、密接に結びつけて事大に考えたがるのは、悪い習慣だと思う。スポーツを演繹して人生を語るのは、とても判りやすくて、もっともらしくて、人気があるのは認めるけど。初期の沢木耕太郎の方法がまさにこれでしたね。

 日本人サポーターの繁華街での大騒ぎは、ワールドカップ開催前には全く予測されてなかったことで、大きな注目が集まりましたが、ふと、たとえあれが単なるバカ騒ぎであるにしても、日本人が勝手に街頭に繰り出し、歌い踊ったのは、随分久しいことではなかったか、と妙な感慨を抱きました。カメラのレンズを向けただけで、意味なく踊り始めるアフリカ人はさておくとしても、"酔いがまわれば、踊りが始まる" というのは、民族・国家を越えた人間の必然であるにもかかわらず、現代日本人はどうかというと、歌をカラオケボックスに、踊りをクラブディスコに追い遣り、宴の空間を生活から隔離してしまってきたのではなかったか。
 無数のかつての日本映画がかつての日本人の習俗を証しているように、感情の起伏に乏しい日本人だって、昔は日常生活のTPOに合わせて、至るところで歌って踊ってたんですよね。(小津だって笠智衆に歌わせてる!)
 真偽の程は定かでないが、終戦直後、北海道の炭鉱町を訪れたGHQが、たまたま町の盆踊りに出くわし、それを民衆暴動と勘違いして、直ちに中止を命じたというエピソードがある。それだけ日本人の祭りには、エネルギーが満ち溢れていたということ。
 詩吟、都都逸、義太夫、浪花節、春歌、軍歌、校歌、応援歌、社歌、労働歌、賛美歌、御詠歌、エトセトラ、エトセトラ…。
 嗚呼、歌は何処へいった…。

 今回のサポーターのバカ騒ぎを、日本人フォークロアの復活と見るのは軽率すぎるが、"日本代表が勝ったからって、特別嬉しいわけじゃないけど、みんなが喜んで、叫んで、歌って、踊っているし、僕もなんとなくそういう機会を待っていたような気がするから、一緒に、騒いじゃえっ!"って感じで、騒いだ自覚的動機は殆どなくて、つまりは衝動だったと思う。そりゃ、マッサージやらヒーリングやらアロマやらに没頭するより、ただ歌って、踊る方が、人ははるかに癒されるはずですよ。
 しかしながら、彼らのバカ騒ぎを間近にしても、カタルシスを感じないのはどうしてだろう?ということを考えてみると、それはやっぱり騒ぎ方の方法の問題なんだろうな。館主の"フォーマット"というテーマにも通じるのだけど、彼らの騒ぎ方のモデルは、テレビを通じてイメージ化されたもので、"テレビで見たバカ騒ぎ"らしく振舞おうと、どこかで無理して演じているように見えた。
 ニッポン、ニッポンにしたって、ナカタ、ナカタにしたって、ウォーウォーにしたって、道頓堀ダイブにしたって、花火打ち上げにしたって、街灯よじ登りにしたって、どうにも彼らの率直な心情の現れでは無い気がする。そしてさらにそれが、形式パターン(お約束)としてまだ確立していないだけに、一層ぎこちなさの違和感を覚える。騒いでいる当の彼らの表情からして恍惚感がない。つまりエロスがない。
 お祭りとしての応援の着地点は、極論すれば、徹底的に無秩序であるか、もしくは徹底的に形式化するかのどちらかにしかないのだけれど、前者は、それが直ちに暴徒化する危険因子を孕むから、ニッポン官憲がプライドにかけて許すはずが無く、となると今後の日本代表の応援は、回を重ねるごとに、統率されて、後者の方に偏っていくのだろうな。きっと。

 それでは形式された応援のモデルとは何でしょうか?それは、あなた、もちろん早慶戦ですよ。高校野球はもちろん、そもそも日本に応援という文化を定着・普及させたのがコレ。観客は、「コンバット・マーチ」や「ダッシュ・ケイオー」のメロディにのせ、予め定められた文言を、予め定められたタイミングで、声高らかに唱和します。歳月を経て定着した一定形式の応援に参加することによって、観客は集団への帰属を確認し、その上に自らのアイデンティを確立します。企業や宗教団体が、組織の結束を図るために、採用してきた方法もコレでした。組織を嫌い、放縦に生きる現代ニッポンのワカモノに、いまどき早慶戦はないだろうという反論があるのは判りますが、方向性の見えない時代に生き、また孤独を怖れて人との繋がりを求める彼らの心性を考えた場合、案外素直に、受け容れられるような気がします。
 それを全体主義とか時代の逆行というのは、適確ではないでしょう。ようは、一人はイヤだから、みんなとツルんでいたいってだけの話ですよね。それを、どう政治的に国民統合・統治の手段として利用するかは、エライ人が考えることでしょう。
 それにしても、"お祭り騒ぎ" って、明るくて、力強くて、いい言葉だと思います。お祭りがエロスとともに在ることを前提としての話しですが。

<以上>



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