ワイルドシングス
ジョン・マクノートン
ワイルド・パーティー
ラス・メイヤー
ワンダフルライフ
是枝裕和


●ワイルドシングス
 WILD THINGS 98 ジョン・マクノートン(新宿ピカデリー2)

   滅茶苦茶面白いから観ましょう。監督のジョン・マクノートンは『ヘンリー』で死体の出てこない連続殺人鬼映画を撮りその才気を見せ、『ボディ・チェンジャー』(ビデオのみ)で、人間の首をもぎ取って行かないと生きていけないエイリアンの話を、『恋に落ちたら……』でマーティン・スコセッシ製作、ロバート・デ・ニーロ主演のビル・マーレーのマフィアの情婦に恋する刑事の話など、 今、アメリカで一番上手い監督です(当社比)
  シナリオが物凄く良くできている。『ユージュアル・サスペクツ』なんか目じゃないね。これ以上言うとネタがバレるんでいいませんが、マクノートンは役者の扱いが物凄く上手く、マット・ディロンにしろ、ケビン・クラインにせよ、さりげない仕草で人物の性格や場面の空気を変えてしまう説得力のあるリアルな画面を作れる人だ。
  ストーリーは、フロリダのハイスクールのカウンセラー、マット・ディロンに2人の女生徒をレイプした容疑がかかる。一人は大金持ち、もう一人は麻薬中毒の問題児。絶体絶命のディロン。追いつめる刑事。しかし、真相は………………。
  良くできているからヒットするでしょう。もっと、えぐいキャッチコピーで売ればいいのにね。是非、監督のファンになって下さい。
(角田)
 

●ワイルド・パーティー
 Beyond the Vally of the Dolls 70 ラス・メイヤー (渋谷シネパレス)

 約3秒毎に切り替わる小気味よいカッティング。1970年、ジリ貧の20世紀フォックスが配給したエロ映画。でも、技術はしっかりしていて丁寧に撮られている。かと言って今も面白いかというと、寝てしまってストーリーが分からなくなるほど、プロットは込み入っている。
  田舎の女性ロックバンドがLAに来て、芸能界の淫靡な部分に染まっていくと言ったのぞき見趣味でしかないストーリー。真面目に観る映画じゃないよな。突っ込み入れながら観る種類のモノだ。
  でも、プリントだけはニュープリントにしろ、ロードショー料金1200円も取って、退色したひどいプリントを何で見せるか。
 (角田)


●ワンダフルライフ
 99 是枝裕和(シネマライズ渋谷

 『幻の光』に次ぐ第二作目。前作は、第一作ということでちょっとなあ、と言うところもあったけど褒めていた、しかしなんで宮本輝原作を映画化するのかなあとは思っていた。その疑問は解けることはなかったけど、今この作品を観て、ボク的には、「やばいんじゃないの」と思った。観終わって前を歩いていた女の子のふたり連れが、「良かったね」 「うん、日本映画ってこういうこじんまりとしたのがいいよね」と会話していた。オジサン的には大いに違うぞ、そういう事じゃないんだと言いたかったのだが、「良かったね」、と言わせてしまう監督の技量と技法が巧妙になってきたことを指摘したい。それを意識的と無意識でやっていることも。
  その前にストーリーの概略を述べると、死んだ人間が来る場所があって(古い昭和初期の病院のような建物)、彼らは一生に一度の大切な思い出を思い起こし、それを短編の映画にしてそれを観ると天国へ行けるという、その一週間を描く物語だ。
  監督の是枝は、テレビ・ドキュメンタリー界では、若手として評価が高く、自殺した環境庁の官僚を追ったものや、エイズを告知した平田氏のドキュメンタリー、田舎の分校と福祉に迫るもの、記憶が失われる人の生活を捉えるものなどを撮っている。
  今回の作品では、監督、脚本、編集を兼ねている。そのためか、長い。まあ、それはいいとして、現在のテレビ・ドキュメンタリーの手法が多く取り入れられている。 同ポジションでの編集。お陰で目をつぶっていても話の流れが分かる。それくらい喋りすぎで、映像が無い。言葉つなぎで編集され尽くされている。たぶん逆の静寂な印象を受ける人が多いと思うが、そう思わせるのが監督の意図した話法だと思う。映像的にはますます候孝賢の影響が顕著になっている。それが物事を凝視する視線と間違えられているのは、監督が大いに確信犯であると思う。自分の作り出す映像がどのように評価されることを充分意識して撮っているのが分かるからだ。ようするに、どうしたら真面目な人たちに受け入れられるか。それだけを達成するために映画が作られているとしか思えない。優等生なのだ。そういう映画もあっても良いのかも知れないけど、何を信じて映画を作っているのかまるでボクには分からない。もしかしたら本気で自分の見る世界、現実を信じて、計算しないで作っているのかも知れないが。
  人生の思い出を再現し、撮影することで天国に行けるなんてアイディアこそがテレビ製作者の驕りだと思うが、驕りがキツイ言葉なら傲慢さだ。 他人の人生を切り取り、不特定多数の人間に物語として見せるものに演出や欺瞞はたくさんある。ドキュメンタリーでもね(現場にいた者が言うのだから間違いない)。それを淡々と撮ることを正当化していく行為が観ていて耐えられなかった。そこには、何の疑いも問いかけも無かったからだ。
  非常に老成した落ちついた演出という人もいるだろうが、信じているものが違うので、これからも他人に褒められる映画しか撮れないだろう。魂を揺さぶられるような映画ではなく良くできた映画、「うん、日本映画ってこういうこじんまりとしたのがいいよね」と言わせる映画を撮り続けることだろう。「それがなんで悪いの?」という人はボクと人種が違うんです。きっと。そういう人は、家でテレビでも見てなさい。
 (角田)





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