スクリーム2
ウエス・クレイヴン
洲崎パラダイス
川島雄三
スターウォーズ エピソード1 ファントム・メナス
ジョージ・ルーカス
スターウォーズ エピソード2 クローンの攻撃
ジョージ・ルーカス
ストレイト・ストーリー
デビッド・リンチ
スネーク・アイズ
ブライアン・デ・パルマ
スパイ・キッズ
ロバート・ロドリゲス
スパイダーマン
サム・ライミ
スペースカウボーイ
クリント・イーストウッド
スモール・ソルジャーズ
ジョー・ダンテ
スリー・キングス
デイビッド・O・ラッセル
スリーピー・ホロー
ティム・バートン


●スクリーム2
 SCREAM2 97 ウエス・クレイヴン(ビデオ)

 前作から見ることをお薦めします。2本立てで見るとわかりやすく、それなりに楽しめます。相変わらず、反則ギリギリの手を使ってあざとい演出をしてますが、それも一興。ただ数合わせのための殺人が多く、2時間は長すぎます。もうちょっとタイトにして欲しかった。
 ウエス・クレイヴンは闇でも、完全に見えない風にはせず、暗闇の怖さより、あからさまにスプラッターの描写を見せることの方に興味があるみたい。 だから、暗いところの方が何も起こらないと言う逆転の発想で脅かすホラーじゃないかね。即物的だけど。
(角田)


●ストレイト・ストーリー 
 the straight story  99 デビッド・リンチ(新宿ピカデリー1)

 リンチの呪縛記号を見つけることに意義があるのか。彼らしい、オープニングの不気味さ(ブルー・ベルベットだ!)、双子や鹿、など探しても彼自身、現代美術家なのだから、モチーフの使い回しなんてことは当たり前だから、別のところを見ないことにはこの映画を評価することにはならないだろう。
 反時代的な題材「長年会わなかった兄に会いにトラクターで出かける」を映画化するには、無理な点がある。車でなぜ行かないのかと観客に思わせたら負けだ。ロード・ムービーが失敗するのはそこと、無理して旅をするほどラストに何かしら感動があるかだ。その
点をリンチはクリアしたのか。クリアしたとは思わないが、逆にわざと時間や距離の経過を曖昧にしている印象を受ける。度々出てくる太陽込みの空撮、インサート無しのシーン転換。トラクターがゆっくり走っているのはわかるが、どこに向かってどれだけ走ったか
まったくわからない。事件や人との出会いが唐突に起きることや事件を次のシーンまで持ち越さないことで、どこまで走ったか、早く目的地に着かなければ行けないのに、など観客に考えさせない(もともと死にそうな兄に会うのに急がないというのが矛盾だけど)。
 ラストも、このストーリーじゃ精一杯の終わり方だろう。バット・ベティカーの『決闘コマンチ砦』のような終わり方は出来ないだろうからね。一見、ロード・ムービーを思わせながら、その手法を意図的に使わないことで平凡さを回避したリンチの職人芸をみました。
 (角田)


●洲崎パラダイス 赤信号
 56 川島雄三(ビデオ)

 東京の戦後の風俗・風景(高度成長前)を撮らせたら、小津安二郎よりも川島雄三の方が優れていたのではないかなと思わせる風俗映画(褒め言葉だよ)だった。
 映画を頼りに向島周辺を歩いて行ったら感慨があるのではないかとも思うけど、何か残っているのかなあ。「玉の井」と言う地名も「東向島」に変わってしまったくらいだから何もないかも知れない。
 カメラは歓楽街、「洲崎パラダイス」に入る手前の一杯飲み屋に流れてくるダメ男とその情婦、女将さんを中心に話が展開する。強い女と、弱いがプライドが高い(男と言うだけで威張っている)男の感情のすれ違いを、情景に梅雨入りの侘びしい夜の風景と共に描
いている。今は成立するか分からないけど、男女の力関係がころころと次々と変わっていくところのスリリングさも魅力だ。
 だらしないねと嘆いていた飲み屋の女将も失踪していた亭主が帰ってくると泣き崩れてしまって(そこらが伏線となるのだが)、関係性や人間関係のはかなさ、非情さが浮き彫りにされる仕組みになっていくシナリオが上手い。小市民という言葉が出来る前の人間ドラマだ。
 (角田)


●スターウォーズ エピソード1 ファントム・メナス
 STARWARS EPISODE1 FANTOM MENACE  99 ジョージ・ルーカス (新宿武蔵野館)

 なんで、監督業を廃業した筈のルーカスが監督をやったかというと、逆に言えばルーカス以外が監督をやっても良かったからに違いない。でないと偏執狂の完全主義者のルーカスが監督をするはずがない、というか完成品を作れるはずがない。
  というくらいストーリーはステレオタイプのなんの工夫もひねりもない単純なモノだ。まったく第一作目のリメイクでドラマの演出の仕方が下手だ。まあそれはいいとしても眼に入り処理できる情報量を超えている特撮の量。途中で眼が痛くなってきた。でもロングのマット画は、あまり上手くないのが気になる。
  ようするに、実写で素材を撮影してデジタルで徹底的にいじる、そのコントロールが一体誰がしているかが気になる。監督だけじゃコントロールできるはずは無いと思うからね。
  ハリウッドでそのコントロールができるのは、S・スピルバーグとP・バーホーベンくらいじゃないだろうか。如何にゴマ化して特撮しているように見せるかを計算できて自分の作品にするかという意味だけどね。逆に言えば、本作品ほど没個性の映画は無いんじゃないかと思う。特撮至上主義の弊害じゃなかろうか。と言う意味で驚きを与えるものじゃない。逆にSF映画としては退化しているんじゃなかろうか。
  照明、影や役者の仕草ひとつで表現できる筈の映画が素材という考え方を徹底されてワンカットが実質的にどんどん薄っぺらいものになっていくのは残念だ。
  たぶん第2作はもう少しドラマの描ける監督を選ぶんだろうな。『帝国の逆襲』で、アーヴィン・カーシュナーを使ったように。でもハリウッドに職人監督が絶滅してしまった今、演出できる人物はアメリカ人じゃなくなるかもね。
(角田)


●スターウォーズ エピソード2 クローンの攻撃
  STAR WARS EPISODE2 ATTACK OF THE CLONES 02 ジョージ・ルーカス (Tジョイ大泉)

**ネタばれなので映画を観てからお楽しみ下さい。**

 ウイッす、俺アナキン・スカイウォーカーっ言います。師匠のオビワンさんにはまだまだと言われてますが、自分として はかなりできてると思ってます。
 今回は10年ぶりに会う、パドメ姐さんの護衛の仕事っす。すげえ久しぶりなんで楽しみなんすけど、ここだけのハナ シ、自分姐さんにずっとホレてますんで。あ、パドメだ。マジ、激マブイじゃん。でも姐さん自分のことあんまし気にしてくれ なかったようだし……。
 おっと、大変だ。パドメさんを襲うとはいい度胸じゃねえか。このアマ、どこのどいつだ。よっしゃ、スピーダーでぶっ飛 ばすぞ。おらおらどけどけ、ぶつかるぞ!よし先回りだ。え、見失ったって。オビワン先輩勘弁してくださいよ、ぶつぶつ 言うの。自分、やるときはやりますから。失礼します!。と飛び降りたはいいけども、ふつう真下に降りても走ってくる乗 り物には乗れないよな。よほどタイミング合わないと。でもちょうど敵のスピーダーが来た。うりゃ、ライトセーバーを受け てみろよ、ほれほれ。ああ、また逃げられちまう。オビワンさん、この店ですか。なんかヤバくないですか。さすが先輩、 ヤクには手を出さないんだ。なんか 歌舞伎町のゲーセンみたいな店だなあ。とりあえず、ジェダイ!の一言で店の中 でいくら暴れてもオッケーだもんな。
 殺し屋に死なれたのは痛いけど、お蔭でパドメと一緒に居られるぞ。オビワン先輩は国道沿いの昔ワルだった喫茶 店のマスターに、吹き矢の出どころを聞きに行くと言ってた。宇宙船の中ならいまがチャンス、俺、告ることにしまッス。 そしたらなんと向こうも想っててくれだんだと、ヤッタ。
 惑星ナブーでの警備、湖水地方の邸宅に二人っきりだなんて誘っているのかな。これでラブラブだと思ったのに、フォ ースで果物むいてやったりしたのに、なんでダメなのかな。歳が違いすぎてんのか、もしかして俺あそばれてるぅ?
 (ルーカス先生は、王族と金持ちの区別がつかないらしく、ただなんの気品もないタカビーな姐ちゃんとしてしかアミダ ラを描いてないです。)
 マザコンだということがバレタのかもしれない。でも夢に見るほどママが恋しいんだ。え、一緒にタトゥーインに行ってく れるって?いいよ、行かなくても。なに私が行くから護衛はついてきなさいって、仕方ねえな。
 懐かしいなあ、タトウーイン。変わらねえなあ、全く。あ、古物屋じゃないか。むかしは世話んなったなぁ。俺のママはど こ行ったんだ。え、再婚した。聞いてないぞ。
 さあママに会えるぞ。あれみんな暗い顔してよ、誘われた?もう生きてないだってふざけるな。この盗んだバイクで 走ってくぞ。夕陽に向かって。インディアンのテントのようだけど、どこに捕まっているかはフォースを使わなくてもわかる ぞ。ああ、ママが死んじゃうなんて。クソー、インディアンどもめ、虐殺してやる……。暗黒面に落ちる設定とは言えむご いんじゃないの、 ダース・ベーダーになるにはスケールが小さいような気がする けど。うー、こんな俺になったのもオ ビワン先輩が認めてくれないからだ!愚連てやる。パドメとの話が深刻になった時に、オビワンさんからメッセージが来 て助かったぜ。また助けに行くって、アミダラ。オビワンさんの言いつけ守らないと。わかったよ、行くよ。
 ちぇ、うまく敵の惑星に潜入したと思ったのに、派手なアクションの甲斐なく結局捕まっちまった。このシリーズはいつも そうだよな。インディー・ジョーンズもおなじパターンだけどよ。
 あ、オビワン先輩、スイマセン、ドジこきまして。え、皮肉言わなくても。(小声で)先輩もドジってんじゃないかよ。パドメ は俺のこと信用してくれないで、とっとと柱を登っちまうし。クリーチャーはデザインイマイチだし、コロシアムってローマ時 代そのままじゃない。ここは地球じゃないはずだけど、ジェダイの騎士をナメとんのか、おのれらは。それにしてもジャン ゴ・フェットは弱すぎる。
 大して危機じゃなかったんだけど、みんながつるんで来てくれたんで助かったぜ。でもアクションがダルダルで、右往左 往してるだけのような気がするけどさ。また降伏かよみんな集められて。と思ったら良いタイミングで名誉幹部のヨーダ さんが戦闘モードで全開バリバリでやってくれたッス。さすがジェダイを束ねてただけあります!アクションシーンなんか オールCGで、『ファイナル・ファンタジー』みたいっすね(観てないけど)。 CGスタッフもアフガン空爆とかのテレビ見 過ぎじゃないっすかねえ。なんで他の銀河系にヘリコプターもどきがあるのかってことは聞かないで欲しいっす、ここだ け浮いてます。
 ドゥーク伯爵だ。逃げるのか、タイマン張ろうぜ。あ、腕が。やっぱ俺弱いのか。これで親子二代で腕無しだ。明かりが 消えて暗い中のライトセーバーの戦いで、ドゥークとヨーダの二人、 赤と青の光だけがチカチカしてポケモン効果で 口から泡吹くかと思ったぜ。
 さいごまでパドメがなんで惚れたのかよくわからないけど、とりあえず結婚だ。ジョン・ウイリアムズのおっさんも大いに うるさいくらい盛り上げてくれるぜ。俺もヤンチャやめねえとな。双子も産まれる事だしよ。

 悪魔とペプシに魂を売り渡したルーカスに感情の物語が描けるとは思わなかったので期待はしていなかったけ ど、SFXにおいてもルーカスの独壇場がそろそろ耐えがたくなってきている。『帝国の逆襲』がイイと言われているのは、 メカニック、クリーチャーデザインがシリーズの中で突出していることが挙げられる。
 メカがCGでしか表現できない代物なのでリアリティーが無さ過ぎるし、イメージがどこかから借りてきたものが多すぎ る。爆撃ヘリにしても、兵隊にしてもヒドイ。まあダイナーのひどさに比べたらね。あのシーンは急遽付け足しじゃないか な。説明のためだけど、別にカネにウルサイ種族じゃなかったぞ。
 ルーカスのイメージを優先的にしているので、それがダサくても他のデザイナーは手出しが出来ないようで、それがト ータルでデザインのチープさにつながっている。
 照明も平坦だし、外では、ヒトの顔が逆光になるようにはしていたが、CGとのマッチングだけだな。CGのアニメーショ ン(動き)もテレビゲームに近づいている。要するに映画の動きじゃない。戦争シーンなんかゲームそのもの。
 タトゥーインの砂漠のシーンはルーカス現場に行っていないんじゃないか。すごい平凡なカット割り。本編が長いのも、 なぜか音響デザイナーが本職のベン・バートが担当しているからだ。まあルーカスがほとんどだとは思うけど。ちゃんと した編集マンにやらせなさい。
ジョン・ウイリアムズの音楽も大きいだけに、スカスカに感じる。役者もほとんどブルーバックの中で演技しているのだろ う。CGのセットを見せるためのロングのカットが多すぎる。
 これだけの作品なのに、手前盛りで作ってしまうのがイイのかねえ。個人映画といえばこのシリーズは究極的にそ うなのだけど、ルーカスは完成度の高いものを作るよりは自分の映画を作り儲ける方に興味がある。これは映画を作 るものとしては当然なのことだけどさ。そうすると次もこのパターンが続くのか……。
 DLPについては、ほとんどフィルムとの違いはわからない。早い動きも付いて来ていた。深みのある照明をしたとき に、果たして使えるのかがわかると思う。今回露出オーバーの部分が無かったのでその辺が不明。やればDVD並みの 画質は得られると思うのだけどなあ。

(スベッテシマッテ、モウシワケナイ)
(角田)

●スネーク・アイズ
 SNAKE EYES 98 ブライアン・デ・パルマ(新宿ピカデリー2)

 20才前に、一番影響を受けた監督と言ったらこの人、ブライアン・デ・パルマにつきる。『ファントム・オブ・パラダイス』には、はまらなかったけど、 『フューリー』のワン・シーン全部、スロー・モーションにはぶっ飛んだ。『フューリー』は評価が低いけど、デ・パルマの中では一番良いんじゃないかとボクは思っている。という前段があって、その後も 『殺しのドレス』、『ミッドナイト・クロス』で何をやらかしてくれるだろうという期待とともに映画館に足を運んだのだが(あの辛口ゴダールがそのころのデ・パルマに本気で嫉妬していた くらいだ) 、いつの間にか普通の人になってしまった。
  と思いきや、久々にデ・パルマ節を披露してくれましたね。画面2分割で、銃撃の場面を再現したり、トリック使いながら、延々と10分以上の長回しのケレン………。
  でも、ノレないんだよなあ。なんでだろう。たぶん、CG画面と同じでスティディ・カムによる、カメラがぐるぐる回るアングルに観客がすでに慣れてしまっている、スタッフも慣れてしまっていて緊張感が無くなっているんじゃないだろうか。失敗したらILMでデジタルで直しちゃえというという意識があるのではないだろうか。
  あと、編集がなめらかすぎるというか、ストーリー展開に破綻がないんだよね。編集時間を意識してシナリオを作ったとしか思えない(悪く言えばご都合主義。 『ミッション・インポシブル』にいっぱいありましたよね)。展開が見えてしまう、シナリオの展開はちょっと古いんじゃないのというか、アクション・ゲームソフトをやっているような気分になった。「おいおいそれはないだろう」の連続だった。ニコラス・刑事(シャレです)の性格もよくわからんし、というか単純すぎて唖然とするわ、映像、モニターへのこだわりも中途半端なのだよ。坂本龍一の音楽も普通。
  うーん、ハリウッドと妥協点を見つけてしまったのだろうか、彼は。往事のケレンを無邪気に楽しみたい人、もし『ミッション・インポシブル』が面白いと思った人にはお薦め。
  ちょっと、デ・パルマちゃんと初期から見直そう。もう小品は作らないのだろうか。
(角田)
 

●スパイ・キッズ
 SPY KIDS 01 ロバート・ロドリゲス(ワーナーマイカル熊谷)

 安っぽいVFXだなあと観ていたら、製作場所がテキサスなのね。地元に産業を持ち帰ったわけだ。ハリウッドのやり方 がいやだったのだろうか。前作の『パラサイト』も結構好きなんだけど本人としたらちょっと違ったんだろうか。 良い役が ヒスパニックで悪役がWASPであるところにロドリゲスの心意気を感じるな。メジャーでこういう色分けした娯楽映画は ないんじゃないの。
 ただこの手の映画は、シナリオが勝負のところがあるんだけど、今回はアクションを選んだようだ。コメディとしては編 集が詰めすぎているので笑うタイミングがむずかしい。 笑うところは、もうちょっと緩やかにつないで欲しい。もう ちょっとばかばかしくてもいいかな。子ども版007を強調してもいいくらいだ。おとなと子どもの世界の違いがもっと出たら よかったのに。子どもっぽいドジなおとなと、オトナっぽい賢い子どもになっちゃうんであっさりしすぎた。でもエンターテイ ンメントとしてはすごくよくできてます。小学生にみせたら興奮して、知恵熱出ちゃうんじゃないかな。
(角田)


●スパイダーマン
  SPIDER MAN 02 サム・ライミ (DVD)

 ダニー・エルフマンの音楽を聴いて、『ダークマン』の監督の作品なら『バットマン』よりもケレン味があるはずと期待す るのは間違いだろうか。絶体絶命の危機に晒されながらも、粘り強く偏執狂の如くアクションを繰り広げるに違いない。 敵役も意味無く爆発は使わずに非情なことをするだろう。出てくる家族や友人も影のある変人揃いに決まっている。
  と いう予想はことごとく粉砕された。もし911のテロが無かったとしてもそれは払拭できただろうか。完成した映画を見る限 り、サム・ライミに 最終編集権があったようには思えない。明らかにカットを割りすぎなのだ。そのお蔭で映画が長す ぎる割りには大雑把な印象しか残らない。シナリオのいい加減さもねえ、身内を殺されて復讐に目覚めて行くというのは 基本だけど、てめえの自分勝手なドジで叔父が殺されて、そして正義に目覚めるというのは反則じゃないか。それは過剰な被害者意識という。 今のアメリカ的感傷であって、作劇とは関係無い。
  ただね、ラストの辺りで少しは影が出て きたので、PART2に期待ということかな。今回はあまりの公的抑圧にサム・ライミが屈してしまったことにしておこう。キ ルティン・ダンスト起用に関してもね。
(角田)


●スペースカウボーイ
 SPACE COWBOYS  00 クリント・イーストウッド(熊谷ワーナーマイカル)

 映画がおんな子どもや渋谷アートもどき野郎に占拠されてから久しいが、ここにハリウッド映画が21世紀も生き残る可能性を示した映画がやっと登場した。それはとても反動的ないわば超保守といわれる男の映画への反逆とも愛情とも後年、評されることだろう。
  音響や爆発やSFXだけでなく、まだ映画で人を感動させることが可能だということを、身を持って証明した男クリント・イーストウッドは、70才。その彼とチームを組んで宇宙に行く男たちが、設定上のキャラクター、プラス、役者そのものの魅力によって一層存在感のある演技を見せる。だってイーストウッドと54才のトミー・リー・ジョーンズが同じチームにいるなんてあり得ない設定をぬけぬけと説得させる語り口は、「映画とはそういうものである」と確信を持っているとしか思えない。
  どちらかというと『バード』、『許されざる者』、『マディソン郡の橋』、『真夜中のサバナ』など重いテーマをねちっこく撮ることで評価されるようになったと思うが、実は映画自体のダイナミズムを大切にしながらプロの仕事として観客を魅了する術を十分に心得ているのだ。
  4人のスターのこれまでのキャリアを知っている観客に目配せをしながら、それを楽しんで誇張して描くなんて敬意と親愛がないと成立しない演出手法と思う。ある種、ハワード・ホークスのリオ・ブラボー三部作を思わせる雰囲気もあるが、僕はドン・シーゲルの『ダーティー・ハリー』以降の軽やかな作品群を思い起こした。『突破口』のウォルター・マッソー、『テレフォン』のチャールズ・ブロンソン『ラフ・カット』のバート・レイノルズらスターと一緒に彼らのキャリアとキャラクターを生かしながらも、型にはめずに作り上げるセッションのような映画作りに近いと思った。
  語り口もシーン変わりもばっさり大胆な省略法を使い、今の観客には着いて来れないほどのテンポで物語は進む。でも観ていればわかるんだよなあ、実は。 なぜなら物語が非常に単純だからだ(笑)。
  SFXにしても、無重力状態は老体たちの身体がきついからこれくらい描けば良いだろうと最小限の表現だけど、きちんと無重力で浮かないように足元を固定するとカットなどディテールはきちんと描いている。手抜きでは無い説得力だ。
  この簡潔な編集・演出をあえて選んだことに監督兼プロデューサーとしてのキャリアと自信が感じられる。この映画の簡潔さとキレは、いつまでもうだうだ自問自答している J=L・ゴダールの近作を遥かに越えた的確さだ。
  「映画ってこういうもんだよ○○君」と無言のメッセージを送ってくる(○○には、ルーカスでもスピルバーグでも誰でも良いけどね)。タランティーノとルーカス以降、無意味に複雑化された映画に対してもっとも未来志向な答えだといえる。
  ラストは男の(そして彼に感情移入した観客の)バカな夢で終わり完全に『スペース・カーボウイ』の虜とされてしまう。
 僕的にはあまりフューチャーされていないが、ジョン・フリンの傑作『ローリング・サンダー』のウイリアム・ディヴェイン&T・L・ジョーンズのコンビが観られてうれしい。この作品は『三鷹オスカー』で観たなと思い出してしまう。
  わかっているな監督は、とにんまりする。
(角田)


●スモール・ソルジャーズ
 SMALL SOLDIERS 98 ジョー・ダンテ(ビデオ)

 ギズモが出ない『グレムリン』で、代わりに兵隊人形と、気の弱いモンスター人形が戦うというグロい話です。ジョー・ダンテは、小都市で少年少女や大人になりきれない大人が活躍する、ひねくれた視点から描いたユーモアのある作品をこつこつと撮っているのが
似合っている。凝りすぎてしまうマニア受けを逃れるスレスレのところで勝負しているから、ロジャー・コーマンところからキャリアが始まったにもかかわらず、スピルバーグとも付き合っていられるんだろう。
 とは言いながらも、兵隊人形の吹き替えには『特攻大作戦』のメンバーがすぐ出てくるなど、ツボは外さないところは好きだなあ。ジェームズ・キャメロンやコッポラのようにメジャー指向が全く無い自分の守備範囲で上質な悪フザケが出来る職人が少ないハリウッドで貴重な職人監督じゃないだろうか(センスの部分も含めてね)。
 (角田)


●スリー・キングス 
 THREE KINGS  99 デイビッド・O・ラッセル(新宿ピカデリー1)

 湾岸戦争をポップな映像で処理しているため、悲惨さとかより、不条理さが全面に出てきた。ねらいはまさにそこにあると思うんだけどそれほそ印象に残らないのは、役者が達者じゃないためか、人間がゲーム感覚で戦争しているためなのか、どんどんストーリーだ
けが進んじゃう。
 (角田)


●スリーピー・ホロー
 SLEEPY HOLLOW  99 ティム・バートン(新宿プラザ)

 ディズニーが作ったアニメ版『スリーピー・ホロー』観られないかなあ。背景が全部ゴッホ調らしい。そっちの方が気になるなあ。当然この作品も参考にしているらしいけど。
  バートンは相変わらず、ツボを外さない手堅い演出を見せるけれど、ちょっと気になったのが製作総指揮でフランシス・コッポラの名前があったりしたことね。映画会社的にはこれをクラッシックホラーの『ドラキュラ』、『フランケンシュタイン』の路線で(もちろんコッポラ版の方ね)売ろうとしてたんじゃないかと思える。また、B班カメラマンでコッポラ、ルーカス人脈と関わりの深いコンラッド・ホールが名を連ねているのを見て、コッポラが口出しをしたのかなあとも考えてしまった。
  というのも映画のリズムがいつものティム・バートン映画と違い、アクションの部分などカットが多く、変にテンポがあったような気がした。コスチュームやセットなど完璧なのだが、歪んだ世界観があまり見えてこなかった。ジョニー・デップと母親のリサ・マリーのところくらいかなあ。悪くは無いんだけど主人公が誰だか良く分からなかった部分で感情移入がしにくかったのかも知れない。
  というの『セブン』のケヴィン・アンドリュー・ウォーカーだったからか。血塗れなのに盛り上がりに欠ける平坦なシナリオの問題なのか。ファンタジーなのにファンタジー色が薄かった気がするなあ。その部分に結構期待してたんだけど、期待のしすぎかもしれない。室内シーン(長回し)とか、廃虚のシーンなど静かなところは雰囲気があって良いのだけど、風車の所とかシーン的に意味ないと思うし、とにかくアクションが良くない。他の所と溶け込んでいない。編集のこけおどしがすぎる。これは コッポラが悪いと言うことにする。
 (角田)




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