流れ者図鑑
平野勝之
流れる (→めし へ)
成瀬巳喜男
七つの顔の女
前田陽一
ならず者
石井輝男
何もかも百回も言われたこと
犬堂一心
 

●流れ者図鑑
 98 平野勝之(ビデオ

 あなたは、他人からよく見られたいと思っていますか。優等生であると思いますか。その想いはどこからくるのでしょうか?カメラの前に現れる対象(=自分)とは何だと思いますか。このハンディ・ビデオカメラ全盛期の時代には何の不思議もないことだけど、カメラに写す写される者の間にある緊張感を求めて、全てが画面に充満するのがドキュメンタリーという言葉に置き換えても、AVでも何でも良いけどフレームに切り取られ、さらけ出される自分があまりに情けなくちっぽけに見える瞬間。 その瞬間の愛しさを求めてこの作品は出来るはずだった。
  あの『由美香』の続編。不倫北海道野宿自転車旅行AVシリーズの第二弾。今回、同行するのは松梨智子。26才の自分でも自主映画を撮る演劇もやってたというちょっと変わった女の子。今年の夏は異常冷夏だった。連日の雨、霧の悪天候に阻まれなかなかふたりは前に進まない。今回は目的地も何もない全くの行き当たりばったりの旅。それでいて、セーラー服とか、ナースとかのコスプレ衣装は持ってきて自転車で走っている。
  平野も松梨(女優)も、作品がどうなっていくのか、二人の間に恋愛感情が生まれるのかを不安に持ってスタートしている。しかし、それは大した危惧には繋がっていかない。 作品は意外な方向に流されていく。本当に、本当に、何も起こらないまま何日も経ってしまう。次第にイライラが募っていく平野。対して松梨は成す術が無い。彼が何に苛立っているのか分からなくなっていく。
  そして自分を責め始める松梨。自分だけの世界に入り出す。その結果、自分が女優であり、作品を成立させるのだという訳のわからん妄想に捕らわれ出す。一方の平野も何も仕掛けることが出来ずに、鬱屈が溜まっていく。対象(女)が動かないのだ。 どちらがどう悪いという話ではなく、男と女の間に理解しがたい溝が出来ていく。女は何か言って欲しい、そして演じたい、褒められたい。それしか依って立つ手段が見つからない。男は、女に何かを自分からしてもらいたい、そこから何か感情が広がって行き作品になっていくからと、完全に方法論が食い違ったまま旅は続く。
  女は頑張り、ナース姿で自転車を漕ぎ「私はあきらめない、負けない」と呟き、ひたすら走り続ける。男はその姿を見て「バカヤロー、走行メーター見てただ走るんじゃねえ。撮影し損なったじゃないか」と言う。あんなに頑張ったのに、叱られる。何が悪いのか分からない。一生懸命やってるじゃない。そう、二人とも既にすれ違っている自分たちに気付かない振りをしているだけ。どちらかが折れたら負けるかという精神力の勝負になってきてしまった。
  もしも写される対象に写す側が愛情を感じることが出来なくなったら(SM的な関係であっても)、あとはただ映っているだけになってしまう。写される女は全てをさらけ出す、AVでしょと言いながらも、なにもさらけ出すことが出来ない、指示を待つだけの優等生から脱却できない。それに対して情熱を失う監督。これでヤラセで絡みを撮っても、オシゴトになってしまう。作品の中でそれには一言も触れていないが、そういうこと何だと思う。いつまで経っても二人の距離は変わらない。二人の思い込みのすれ違いのまま映画は終わる。
  『由美香』を撮ってしまった以上、もう後戻り出来ないところに平野は、自分を追いつめてしまったのだろう。編集の(画と音)巧みさは相変わらずで、感情が溢れ出てきている。『流れ者図鑑』がはまりきれなかった終わりのない旅は、第三部にどうつながるのだろうか。観ていて、モノを作る作業をする人は味わうことが出来る、 苦しい悔しい作品だ。旅は失敗かもしれないが、映画は失敗ではありません。念のため。
(角田)


●七つの顔の女
 69 前田陽一(中野武蔵野ホール)

 お嬢、学者、錠前屋、印刷屋、坊やと全員、綽名で呼ばれる泥棒集団が、悪徳企業から裏金を偽札と取り替えて一儲けを企む、痛快なお話し。岩下志麻が、きれいだし、緒方拳が固い演技の気障な二枚目など、ちょっとバタ臭いスパイもののパロディーに、間にギャグを挟み込みながら痛快なテンポで進んでいく。このバタ臭さがセンチにならずにナンセンスギリギリに持ってくるのが前田陽一映画の魅力だと思うのだがどうだろう。
 

●ならず者
  64 石井輝男(ヴィデオ)

 香港マカオが悪の巣窟として認知されていた時代、それを徹底して推し進め迷宮の場所としてしまう石井輝男の力技だけどそのように見えない演出に惚れ惚れする。監督はどこで撮ろうが、必ずその場所をどこでもない空間に変えて行く。ここでは、高倉健が、どこを歩いていようと必ず悪人と出会い、粋なドラマが繰り広げられる。
 (角田)


●何もかも百回も言われたこと
 93 犬堂一心(ビデオ)

 ビデオも進化すると思う。5年間の間でビデオの文法が変わってしまったのか。それとも、青春映画に飽きてしまったのか。
 大学浪人の女の子の一夏の間の事件でもない事件を描いているんだけど、幕張メッセの完成する前の千葉の海を背景に重ね合わせられる自転車でしか行けない自分自身の世界の果て。そのなかで起こる出来事を切り取っているのだがどこにこだわったのかなあという
のが最後まで見えてこなかった。
 どこに見る拠り所を作れば良いのだろうかと思っていた。新作を見てから続きをもう一度書きます。
 (角田)