寄る辺のない時間


登場人物
 汐見  郷(25)・・・・・・フリーの雑誌編集者
 和泉沢 文(25)・・・・・・派遣契約社員
 松木 卓男(25)・・・・・・レンタルビデオ屋店員
 富原 嶺子(25)・・・・・・主婦
 富原 洲治(32)・・・・・・中学校教師・嶺子の夫
 梅ヶ谷   (25) ・・・・・・死んだ男


ストーリー
 ある都市近郊。埋め立て地の新興工業地帯で育った高校生だった男女、  その8年後、今の生活を淡々とそこで起こる何にも無さを描いたもの。


1 とあるバー(夜)
  外は土砂降りの雨。
  そのせいか店内には客が少ない。
  数組の若いカップルがいるだけだ。
  壁面の大型プロジェクターにはMTVが無音で流されている。
  無精ひげを生やした男・汐見 郷(25)が、
  グラスを傾けながらビールを飲んでいる。
  手元にある小型デジタルビデオのカセットテープを
  ほの暗い店内の光に透かして見たりしている。
  入口のドアが開き、ビショ濡れの小太りの男・松木 卓男(25)
  が飛び込んで来る。
 松木「お帰り、お疲れさん。向こうはどうやった?」
 汐見「一人で行くところじゃないな。梅ヶ谷を引き取るまで3日間、何もすることが無くて
   酒飲んでは、夕陽ばっかり見ていたような気がするよ」
  松木、汐見の傍らのスーツケースを見て、
 松木「それはえらいご苦労さんでしたなあ、成田から直行かい」
 汐見「ああ。奴も可哀想にな、行きはファーストクラスかも知れないが帰りは貨物扱いだ」
 松木「こわれものあり注意、か?」
 汐見「いや、もう壊れていた。奴の両親も引き取りに行くのを嫌がったんだからな。
   3年前から放浪しては、国際電話で何時間も訳の分からないことを親にずっと
   言ってたらしい。成田で梅ヶ谷の遺体を引き渡した時には向こうは黙っていたけど、
   内心、死んでホッとしたといった雰囲気だったぜ」
 松木「何もポルトガルまで行って自殺しなくても良かったやろう」
 汐見「知るか、そんなこと。それより何で俺が行かなきゃならなかったんだ。
   高校卒業してから全然、会っていなかったんだぞ」
 松木「他に友達いなかったんやないの、お前しかさ。死人のご指名だよ、たぶん」
 汐見「冗談じゃないぜ。こっちは有給も付かないのに、仕事休んでとんだボランティアだ」
 松木「ホントかよ、あんな大きいとこでも有給ないんか」
 汐見「ああ、雑誌といっても編集プロダクションだ。下請け業者さんなんだよ、扱いは」
 松木「・・・・・・・」
 汐見「このさ、ビデオテープさ、向こうの警察に押しつけられたんだけど何が映ってるか
   見たいんだよ、ビデオカメラ、持ってきた?」
 松木「ああ、借りてきたよ。マスター、ちょっと電源とテレビ貸して、繋ぐから」
  松木、テレビとビデオをあちこちいじる。
  ようやく分かったようでスイッチを入れると大画面のプロジェクタに突然、死んだ梅ヶ谷の顔が
  大写しにされる。
  ぎょっとする店内の客。
 松木「ありゃ、間違えとったかな?まあいいか・・・」
  梅ヶ谷がカメラを凝視してなにやら呟く。
  二人は身を乗り出すが聞こえない。
 松木(小声で)「梅ヶ谷、変っとらんな。あの部屋か?」
  無言で頷く汐見。
  夕方の窓から入る逆光で梅ヶ谷の表情は読み取れない。
  松木、リモコンで徐々にボリュームを上げる。
  潮騒とカモメの鳴き声に混じり、松木の呟き声が聞こえる。
 梅ヶ谷「・・・誰にも届かない手紙を書く・・・誰も見ない写真を撮る・・・そんなことには飽きた。
   どんな深刻な事も画面の中では派手なショーだ。こんな終わり方どっかのテレビで見たことないかい?」
  梅ヶ谷、ビデオカメラに微笑むとおもむろに拳銃を取り出し口に含む。
  店内に大音響で響く銃声。
  悲鳴を上げる客たち。
  大画面にはすでに梅ヶ谷の姿はなく、
  ポルトガルの水平線に沈み行く夕陽が見える。

2 タイトル『寄る辺のない時間』
  人の少ない午後、遅い時間の埋め立て地
  夕方の臨海工業地帯
  工場プラントに赤や青の照明が灯る
  煙突からの煙が夕陽で逆光に染まる。
  産業道路を走る大型トレーラーの列
  汚い運河のさざ波。
  奥手の鉄橋を渡る貨物列車
  人工的な高層団地群が長い影を伸ばす
  などにタイトルがかぶさる。

3 店内・男性トイレ
  洗面所に汐見と松木が青白い顔で立っている。
  照明のせいか二人とも死人のようだ。
 松木「なんで黙っとったんや。知っとったんやろう、ビデオの中味」
 汐見「いや、正確には何が映っているかは知らなかった」
 松木「これで、当分焼き肉は食えないし、スプラッター・ビデオも見る気にもならん」
  と言って、松木は再び便器に向かってゲーゲーいっている。
 汐見「奴の部屋にはこれがあったんだ」
  渇いた血で汚れているポルトガル特集の雑誌の記事の切り抜き。
  松木、じっと見て、
 松木「お前が書いたもんか」
  頷く汐見。
 松木「気にする事じゃない、梅ヶ谷が、ポルトガルに行こうと思ったときに偶然見つけたんや」
 汐見「でもそれ3年前の記事なんだ。その頃からポルトガルに行くことを考えていたのか、
   それとも死ぬことを考えていたのか?」
 松木「・・・・・・・・・」
  汐見、鏡を見ながら、
 汐見「誰も見ない、誰も読まない、どこにもいない・・・って誰の事なんだ?」

4 職業安定所
  高度成長期に建てられた、お役所の典型的な3階建ての古ぼけた建物。
  何十年も時間が止まっているなかで、空気が澱んでいる。
  薄暗いリノリウムの廊下の先に受付がある。
  やる気のない職員と汐見が手続きとやりとりをしている。
汐見のモノローグ
  「会社を辞めた。言い換えれば馘首になったと言っても良い。死人のためにこんな事になって・・・。
   でもこのどこにも属さない浮遊感。いつまでどこまで続くのだろうか」

5 賑わう繁華街
  汐見、慣れないステップを踏みながら、人混みを縫うように闊歩する。

6 汐見の家(夜)
  私鉄沿線の戦前の焼け残った雑居ビルの5階の一室。
  隣近所は得体の知れない事務所や外国人が出入りしているようだ。
  鍵を開けようとすると、既に開いている。
  ソファに・和泉沢 文(25)が寝ころんで雑誌を眺めている。
  会社帰りか、パンツルックで活発そうな格好である。
 文 「来てるわよ。メシ食った?それも食べに行くの?」
 汐見「いやここで今から作るんだ」
 文 「へえ、この不精者がどうしたのかしらね。何作るの?」
 汐見「スパゲッティー・サラダ前菜付き、ついでにワインもある」
 文 「豪勢じゃないの、何かあったの」
 汐見「会社、クビになったんだ」
 文 「・・・辞めたの」
 汐見「クビさ。向こうは辞表出せと言ったけど出さなかった」
 文 「なんで急に」
 汐見「一週間休んで、死人を迎えに言ったのが良くなかったらしいよ。
   お陰で締め切り が危なかったって言うけども責任責任って言うけど、良い機会だと思ったんじゃないの。
   こっちもやる気も無かったし、あの温泉グルメ特集は」
 文 「何言ってるの、ずっと辞めたいって言っ てたくせに。スパゲッティーぐらい作って上げるから拗ねないの」
  文の代わりにソファに転がる汐見。
  キッチンに立つ文。
 文 「ねえ、なんで弱虫のいじめられっ子だった梅ヶ谷が自殺なんかしたのかしら」
 汐見「もう、高校出て7年だぜ。みんな変わるよ」
 文 「汐見も変わったの?」
 汐見「なあ、文」
 文 「え、何」
 汐見「結婚でもしよか」
  文、汐見を蹴っ飛ばし、馬乗りになって、腕をねじ上げ、
 文 「甘えんなよ、失業者。女、お肌の曲がり角だって一人、生きるのはハードボイルドなんだい。
   わかったかお嬢さん」

7 同・汐見の家
  食事が並ぶ。黙々と飲み食らう二人。
 文 「ねえ、私みたいにさあ、派遣に登録したらどう?」
 汐見「コネ無し、英語ダメ、専門知識、キャリアも中途半端、代表作品グラビア4頁。
   しかも下請けでクレジット無しだ。何を登録する?」
 文 「じゃあ、どうするの、ポルトガルでも行くの?」
 汐見「それは最後の選択だ。でも梅ヶ谷の持っていた俺の書いた記事、あれだって俺が本当に行った訳じゃなく、
   いろんな資料の 寄せ集めだモンな。書いてあること本気にしていったのかな」
 文 「責任感じる?」
 汐見「いいや、こっちだって仕事だったから な。そんなこと気にしてたら何もできないじゃないか」
 文 「本当はそんなこと思ってないでしょう、ひねくれ者ね。全くどっか子供だわ」
 汐見「子供でいることも今は立派な職業だと思うけどね。今はね僕らはみんな子供だよ」

8 同・汐見の家(深夜)
  ベッドから起き上がる文。洋服を着る。
 汐見「泊まっていけばいいのに、急ぎのようでもあるの」
 文 「これから明日の資料の翻訳をしないとならないの。つまんないテクニカル文書だけどね。
   ねえ暇なときほど規則正しい生活した方がいいわよ、まあ無理だと思うけど」
 汐見「頑張るなあ。俺は明日から生まれ変わるんだ」
 文 「何になるの」
 汐見「誰でもない者になるんだ」
 文 「何、それ?バッカじゃないの」

9 郊外の道
  汐見、文を自転車の後ろに乗せて人気のない商店街を走る。
 汐見「ここら辺って、ちょっと前までは海だったんだろう」
 文 「知らない。私の引っ越してきたのはその後だから」
 汐見「俺たちの高校も埋め立て地の真ん中だっぜ」
 文 「そうだっけ、忘れちゃった。10年くらい前だけどずいぶん昔のような気がする。
   どうでも良いことは覚えているのにね。テレビ番組や歌謡曲とかね」
  二人して、昔の歌謡曲をイントロ当てクイズにして交互に叫ぶように歌う。

10 運河に架かる橋
  走り抜けるる二人乗りの自転車。

11 高層団地
  団地の入口で二人別れる。
 汐見「母親に気付かれないようにな」
 文 「汐見は知らなかったの。ママと私、別々に部屋借りてるのよ」

12 汐見の家(昼)
  臨海工業地帯の工場から出る煙を見ながらボーっとしてワインを飲んでいる汐見。

13 産業道路沿いの巨大なレンタルビデオ店(夜)
  まばゆい照明の店内。
  松木が店内を回遊している。山のようにビデオを抱えている。
  店員が声をかける。
 店員1「松木さん、これはどこに置けばいいんですか?」
 松木「これは、アクションと言うよりは、サスペンスでヨーロッパコーナーだ。
   いやカンヌ・グランプリコーナーか。 いいや、ちょっとそこ置いといて」
  隣の棚からメモを持った若い夫婦が来る。
 夫 「あの、ベストセラーの面白いビデオはどこですか?」
 松木「はあ?まあ、あちらに今週のベストテンのコーナーはありますが・・・」
 夫 「面白いですかね」
 松木「・・・まあ人それぞれですから」
 妻 「何言ってるの。(松木を見て)松木じゃないの、何いやだ、店長さん?へええ」
  妻は、富原 嶺子(25)。
  病弱なのか、肌が透き通るように白く声も小さい。
 松木「嶺子か。俺はバイトや。いや久しぶりやな。こちらは旦那さん?
   どうも嶺子さんの高校時代の同級生なんです」
  夫は富原 洲治(32)。だらしなくジャージスタイルに黒縁メガネを
  掛けた真面目でやや神経質そうな男。
 富原「はあ、どうもどうも。で、面白いビデオはどっちにいけばあります?」

14 同・レンタルビデオ屋(深夜)
  人気のない店内。
 松木「でさあ、旦那が変な男なんやけど、ともかく会おうってことになったから、
   あいつのところへ行くんだよ。一緒に行ってくれるよな」

15 汐見の家
  昼間と同じ位置で、臨海工業地帯の工場の照明を見ながらボーっとしてワインを飲みながら
 汐見「エー、何それ、勝手に決めるなよ。こちとら就職活動に超、忙しいんだぜ」
 松木(電話)「嘘つけ、嶺子も喜んでいたぞ。お前に会えるのを」

16 駅のプラットホーム(昼)
  電車を待つ汐見。
  同じホームの端で数人の高校生がふざけ合って、
  1人をホームから突き落とそうとしている。
  やめろよとか言う声がホームに響く。
  汐見は目を閉じる。
  徐々に大きくなる電車の音。じりじりと前進する。
  駅員の笛の鋭い音と、電車の警笛が混じり、
  次の一瞬通過の電車の風が汐見をよろめかす。
  目を開くと高校生達と目が会うが、彼らはすぐに興味を失い
  向こうに走り去ってしまう。

17 郊外の駅
  汐見が改札を出ると文と松木が来ていて話し込んでいる。
  文、汐見に気が付き、
 文 「遅かったわね」
 汐見「急行に乗り遅れたんだ」

18 バス停
  快晴。
  バスを降りると、畑の間にこじんまりとした3階建てマンション。
  遠くに海が見える。
  まだ『モデルルーム公開中』の立て看板が立てられている。
 文 「結核療養所があったらピッタシのところね」
 汐見「富原って何やってるんだ?」
 松木「中学校の先生だって。理科か社会の。ほら嶺子が登校拒否で、結局一年卒業が遅れたやない。
   その時の担任だったんだって さ。それで学校出てすぐにゴールインだってさ」
 汐見「だから俺たちは知らないのか」

19 マンション嶺子の家の前
  ドアベルを鳴らそうとすると、硝子の砕け散る音と金切り声。
  脇を近所の主婦が通り過ぎるが、ちらりと見ただけで足早に去っていく。
  顔を見合わせあう3人。
  勇気を奮ってベルを鳴らす汐見。
  しばらくしてドアを開ける嶺子。
  目を泣きはらしているが微笑んでいる。
 嶺子「いらっしゃい。遅かったわねみんな」

20 嶺子の家・リビング
  きれいに整頓され過ぎる部屋。人の生活している雰囲気がしないほど。
  うつろな表情の嶺子。
  何もすることがなく手持ち無沙汰な汐見たち。
  富原が食べ物の準備をするが、嶺子は包帯を左手に巻き続けている。

21 夕陽を背に沖合いに浮かぶタンカー

22 嶺子の家・リビング
 嶺子「梅ヶ谷君が死んだんだってね。なんで?」
 文 「それが謎なのよね」
 嶺子「だってみんなあんなに仲良かったじゃない」
 松木「そんなことあらへん。なんとなく付き合っていたのかな。退屈だったから一緒にいただけや」
 汐見「今も変わんないんじゃないのか。俺達」
 文 「確かに苛められてても誰も止めなかったしね。卒業後も誰か連絡してた?」
 松木「フェードアウトだ。嶺子だって同じ様なもんや」
 嶺子「あたしはちゃんと生きてましたよー」
 富岡「できの悪い生徒でしたがね」
  誰も笑わない。
  テレビのサッカー中継の音だけがうるさい。
 汐見「死んだ奴の話はやめようぜ」
 嶺子「・・・そうしよう。ここはね、初夏になると、砂浜に出ると気持ちいいの。
   なんかどっしりと大地から自分がはえてきているような感じになって、ああ生きているんだなあと感じるのよ」
 汐見「そう、夏にまた来るよ」
 富原「条件が良くないと、ここらの砂浜には植物は生えないけどね、ははは」
 松木「えー一通り、なんだか話題も尽きた様子なんでそろそろ帰りますよ」
 嶺子「帰っちゃうの?」
 富原「じゃあ、駅まで送って行こう(嶺子に)キミは家にいなさい」
  嶺子、汐見に
 嶺子「後で、連絡するわ」

23 車内(夜)
  嶺子を除く4人。
  富原、自慢のRV車で人気のない道を飛ばしている。
 富原「今日は面白かった。嶺子にこんなに友達がいるなんてボクは知らなかったです。
   これからも宜しくお願いします」
 文「富原さん、ちょっと飲み過ぎじゃないの大丈夫?」
  車の速度は弛まない。
 富原「ホント良かった。ホント。実はね嶺子、今年子供生んだけど、ちょっと目を離した隙に死んじゃってね。
   大変だったですよ。私も転任して、環境のいい場所に移ったし、今も二人で立ち直るためカウンセリングに
   通っているんですよ。ずっとね。ポジティブに生きるためにね」
  と、チラシを見せる。
  マルチまがいの講演会の案内が書いてある。

24 闇を走る車
  相変わらず、高速のまま走る。
 富原「それでも落ちつかないときは、深夜のドライブに連れ出すんです。
   闇雲に国道沿いの深夜営業の店に入るんですよ。
   そんなときが二人が一番落ちついているときかも知れませんが」
  顔を見合わせる三人。
  郊外店の看板の照明がいくつも通り過ぎる。

25 電車・車内
  終電間際で乗客は少ない。
  三人並んで座っている。
 文 「絶対にあの二人合わないと思う」
 松木「いきなり何や、きつい意見を言うて」
 文 「何か可哀想に思わなかった、感じなかった?嶺子、おかしいわよ」
 松木「まあ、昔から暗い奴だったけど・・・」
 文 「そういうことじゃなくて寂しいのよ、隔離されて。
   あんなアタマの良い娘がくすぶっちゃって。ああハラ立つぅ」
 汐見「人んちの事だから余り構うなよ」
 文 「冷たいのね」
 汐見「構ってどうする」
 文 「どうもしないけどさ」

26 汐見の部屋(昼)
  臨海工業地帯の工場から出る煙を見ながらボーっとしてワインを飲んでいる。
  電話が鳴る。
 汐見「はい、なんだ嶺子か。え、良いよ出て行く」

27 駅前の喫茶店
  曇天。
  汐見と嶺子が向かい合って座っている。
  汐見、さっきから嶺子の靴が左右別々なのが気になっている。
  嶺子は一向に気にせずにこやかに汐見の顔を見ている。
 嶺子「ねえ、文とはどうなの、結婚しないのねえ」
 汐見「おばさん臭い台詞やめなよ。気色悪い。そっちこそホントに上手くいってるの」
 嶺子「汐見が言わなきゃ、言わない」
 汐見「第一に俺はまだ誰とも結婚する気はない。そんな余裕がどこにある?」
 嶺子「愛があれば良いじゃん」
 汐見「本気で言っているのか、ホント昔から変わらないロマンティストだな」
 嶺子「夢が無いと生きてけないわよ。現実こそ夢なら良いのに。あのねウチの旦那、
   私が子供を殺したと思ってるの」
 汐見「そんなこと・・・」
 嶺子「そう、ホントはね、あたしは生みたくなかった。でも私の子は生まれちゃった。
   母親よね。可愛かったよ。ある日洗濯物干したあと、ミルクあげようとしたけど、
   うつ伏せになったまま動かなくなって・・富原が帰ってくるまで私、動けなかった一歩も」
 汐見「・・・・・・・」
 嶺子「でも、今は平気になったの。生活に張りが出来たというか生きてて良かったというか」
 汐見「あれだろ、講演会だろ、それでモノ買って、勧誘するんだろう」
 嶺子「そんなことはおまけよ、人生変わるんだから。汐見の言うことは全部文句ばっかね。
   それじゃ何も良いこと起きないよ」

28 とある中堅会社
  文は、コンピュータ入力している。
  イヤみのように、お茶やコピーの仕事を振られる女性社員1
  文が席を立ち給湯室に入る。
  ものすごい形相をした女性社員1。
  女性社員1、文に気が付く。
 女性社員1「あなたも大変ね。猫被んなきゃやってられないからね。特に派遣はね、
      でもいいわねいつでもやめられるんだもの」
 文 「そんなことないわよ。同じよ、変わらないわ」
 女性社員1「いいえ、どうせ私は仕事ができないからいいんだけども、ニコニコしていて元気があれば、
      そう見えるのが私なのよ、ね」
  女性社員1、にっこりして出ていく。
  肩の力が一気に抜ける文。
 文 「そう見えるのがワタシ、か。ガンバロっと」

29 コンビニエンス・ストア
  品物であふれる棚の間をすり抜けていく汐見と松木。
  食料品を買い込んでいる。
 汐見「お前も甘いものとかよく買い込むなあ」
 松木「そうかい、俺は夜中に無性にケーキが食いたくなるとコンビニまでバイク走らせて
   ミルフィーユとか買いに行くけどな」
  汐見、先日の高校生らしきグループが万引きをして出ていくのを見る。
 松木「こんな私はおかしいやろか」
 汐見「ぼちぼちやろ」

30 産業道路
  松木のバイクの後ろに乗る汐見。
  途中で何かに気付きバイクを止めさせる。

31 公園
  先程の高校生の一団がいる。
  汐見、近づき
 汐見「お前ら、万引きしたもの出せ」
 高校生1「なんのことだよ、知らないよな」
汐見、一人真っ青になっている男に向かって、
 汐見「こいつらがやれと言ったのか?」
高校生2、ふるえながら
 高校生2「違います。自分で言ったんです。お金なら払いますからいいでしょ」
 汐見「命令されたんじゃないのか」
 高校生2「そんなんじゃありません。僕たちは友達なんですから。仲間です」
  とにっこりして言う。
 松木「構わんで、行こうや」
  汐見、金を受け取り去っていく。

32 疾走するバイク
 松木「お前、金返すんか?」
 汐見「いいや」
 松木「気ぃ済んだか?」
 汐見「俺達もあんな風な関係だったか」

33 運河沿いの荒れ地
  汚れた運河。
  遠くに鉄橋が見え、時々電車が通るのが見える。
  正式なキャンプ場では無いにもかかわらず、何組かの家族連れが既にバーベキューなどしている。
 松木「ここでやるなら、ファミレス行った方がええんやない。後片付けも面倒くさくないしさ」
  汐見、ここぞとばかりにてきぱきと準備を進める。
  が、他のみんなの買ってきたものがインスタント食品ばかりで気合いが抜ける。
 富原「まあ、出来合いの方が味もしっかりしてるし、すぐに食べられるでしょう。
   腹もいっぱいになるし」
 文 「ゴミは出るわね」
 汐見「燃やして埋めりゃいい」
 嶺子「今そんな時代じゃないんだから止めてよ、ゴミ袋はどこ」
 松木「無いよそんなもの、買うてこなかった」

34 同・河原
  レトルト食品を手に土手に座る。
 嶺子「何かする?」
  一同、無言。
  電車が鉄橋を渡る。
 汐見「いい天気だからのんびりするか」
 文 「毎日が日曜日でしょうが」

35 同・河原
  突然の雷に夕立。
  ビニールシートで雨宿りとなる。
  ますます強くなる雨。
  止みそうもないのでそのまま富原の車まで走る。
  びしょぬれになる5人。

36 汐見の家
  雨が降り続いている。
  部屋になだれ込む一同。
  嶺子、興味深げに室内を見回す。
  文、勝手にクロゼットを開け嶺子に
 文 「はいタオル。みんなに渡して」
  汐見はお湯を沸かしに行く。
 汐見「コーヒー?それともビールにするか?」
  皆、口々にオーダーする。

37 同・汐見の家
  酔いが回るもの室内は既に暗い。
  だらけた雰囲気が漂う。
  みんな点でバラバラに雑誌を読んだりテレビゲームをしている。
  富原は飲み過ぎでいびきをかいて眠っている。
  嶺子が立ち上がり逆立ちをする。
  みんな呆気にとられる。
 文 「何してるの?」
 嶺子「地球を支えているのよ」
 文 「楽しい?」
 嶺子「苦しいけど、楽しいよ」
 松木「汐見、卒業アルバムとかあるだろ、見せろよ」
 汐見「そんなものどこかに押入の奥にしまったままだ」
 文 「何で私たち高校時代つるんでいたのかしら」
 嶺子「共通点はね・・・・・ないよね、あんまり。毎日つまんない話を延々と繰り返ししていた気がする」
 汐見「家に早く帰りたくはなかったし、かと言って汗水流して根性スポーツする気にもならなかったからな」
 松木「もう一度、高校からやり直したい人手を挙げて」
 嶺子「みんなと一緒ならね。少しはいいかも。
   でも今もそんなに変わってないわよ」
 汐見「でも8年は確実に過ぎちゃったよ。でも今は絵にならないな、何もかも中途半端でさ」
  雨は夜まで止まない。

38 ある大手出版会社
  面接会場。
  担当官が3人、汐見と話をしている。
 担当官「キミのキャリアじゃね。ここにいる者たちより下から始めててもらうことになるけど
    それでも良い?」
 汐見「ボクには、もう3年近くこの仕事をしてきました。ライターだっていっぱい知っています。
   徹夜だって幾らでもしました。ここですこし方向を変えてみたいんです。挑戦してみたいんです」
 担当官「キミは仕事する気が本当にあるの?全部不平不満に聞こえるけどさあ」
汐見のモノローグ
 「わかんないのかなあ。お前ら、数が多いから自分が絶対正しいと思っているからさ。時代は変わるんだぜ」
  汐見、実際には、
 汐見「後十年したらまた来ます」
  呆れたような困ったような面接官達。

39 映画館・客席
  空席だらけの映画館。汐見は画面に集中せずに考え事をしている。
  そして急に面白くも無いところで一人で笑い、
  まわりの客から気味悪がられる。

40 ある居酒屋(夜)
  嶺子の家の近くの居酒屋
  落ち込み気味の汐見。
 汐見「だからさ、あいつらには一億光年かかっても俺の入ってること理解できないさ」
 嶺子「でも、結局は、お仲間には入りたいんでしょう。嫌なら会社でも作ったらどうなの?」
 汐見「主婦は現実的だ。ところで何の用なの」
 嶺子「これ聞いて見て」
  とバックから無線機を取り出す。
  場所にそぐわない機械。
 汐見「何これ?」
 嶺子「トーチョーキ。富原、あいつさあ、あたしがどこまでも鈍感な女だと思ってるんだよね。
   まあ不感症かもしれないけどさ。で、図々しいことにウチに女連れ込んでたりしてるのよ。
   これで全部盗聴したんだよ。もうバレバレ。恥ずかしいようなクサイ事言うわけだこれが。
   聞いてみる?」
 汐見「いや止めとく、嶺子の執念よく分かったから」
 嶺子「分かった?わかるわけないじゃない。今から行こう現場を押さえるの」
  と盗聴器をチューニングする嶺子。
  止めようとする汐見と揉み合いになる。
 汐見「やめろよ。大人げない」
 嶺子「大人じゃないわよ。何が大人よ。男は 良いわね浮気が良い思い出になるんでしょ。
   男同士はすぐにつるむし庇うんだからどうせ」
 汐見「そんなことないよ。思いこみすぎだよ」
 嶺子「じゃあ、汐見、私と浮気しよ。お互い様よ」
 汐見「酔っぱらってるよ。送っていく」
 嶺子「幸せな家庭!そんなもん壊してやる。地獄の思いさせてやるの。
   苦しめ偽善者の教師が」

41 文のマンション(夜)
  暗闇にそびえ立つマンション。
汐見のモノローグ
 「このマンションが建って文がやってきたのが10年前。俺の両親が離婚した年だ。
  マンションが出来上がるのをを横目で見ながら俺は自転車で通学していた。
  文の父親には会ったことがない。いつも海外赴任をしているらしいことを付き合って
  2年目になって初めて聞いた」

42 同・文の部屋
  風邪を引いて文が寝ている。
  汐見が訪問してくる。
 文 「もう死ぬう。ねえこのボロマンション今、給湯が壊れてるの」
  汐見、ベッドに座る。
 汐見「大丈夫かい」
 文 「上の階に住んでいるママがときどき見に 来るけどね。ワリーけど今日は帰ってよ。風邪うつるよ」
 汐見「いいよ、別に。明日は何もないから」
  といってベッドに潜り込む。
 汐見「何で来たか聞かないいのか?」
 文 「少しは病人をいたわれないのかよ」
 汐見「嶺子が富原をマンションから突き落とした」
 文 「な、なんで」
 汐見「被害妄想。女を連れ込んでいたと思っていたんだ。で、何もなくて部屋中ひっくり返して興奮まくって。
   仕方ないから救急車呼んだ」
 文 「富原さんは生きているの?」
 汐見「うん、救急車呼んで二人乗って一緒に病院へ行った。馬鹿な夫婦」
 文 「かもね。余計に熱出そうだ」
 汐見「結局、嶺子も電波系だったのかもしれないな」
 文 「そんなこと言ったらさ、私ら生まれたときからテレビ見ている人間はみんなそうよ、電波漬けよ」

43 同・翌朝
  文は風邪が治る。代わりに汐見が寝込んでいる。
  文は化粧、出勤の準備をしている。
  鏡を見て髪に手をやる、汐見に何か言おうとするが止めて代わりに、
 文 「風邪の菌まき散らさないでさっさと帰ってね」
 汐見「冷たいんだねな」
  文、鏡に映った自分の顔をチェックして、
 文 「クールと言ってよ。男にゃわからんぞ。闘いなの」
  汐見、モゴモゴ言いながら、
 汐見「お前よく頑張るな。俺は平和主義者だからな・・・」
 文 「ぐちゃぐちゃ甘ったれてんじゃないの。シバクぞ」
  文、立ち上がり、汐見に隠れて台所でウオッカを瓶からラッパ飲みして
  ガムを噛み口臭を消す。
  文、鍵を掛けて出ていく。

44 路上
  寒い中、通勤時間。
  文が早足で駅に向かい歩く。
  文、独り言で
 文 「本当に大変なんだから、がんばるぞお」
  しかし文が急に貧血を起こし歩道に蹲る。

45 文の部屋
  汐見、ベッドでテレビアニメの再放送を見ていると、文が帰ってくる。
 汐見「どうした、もう帰ってきたのか?」
 文 「やっぱ、キツイから休むわ。家で仕事する」

46 同・夕方
  薄暗い室内。テレビでは、やはりアニメの再放送がやっている。
  隣の部屋で文は仕事をしている。
  チャイムが鳴り、文の母妙子(54)が入ってくる。
  汐見を見つけても驚く様子もない。
  妙子、座り込んで、
 妙子「文ちゃん、パパはもう帰ってこないって」
 文 「なんで・・・・」
 妙子「この部屋も上の部屋も全部パパのものだったのよ。
   でもママが働けば当分二人だけで生活できるわね」
 文 「だから、なんで別れるのよ」
  妙子、文に初めて気がついたかのように、
 妙子「これからの仲良くやっていこうね」
 文 「だからぁ!」
 妙子「良いのよ。ああ言う人だから。もう分かっていたの。
   汐見さん、ゆっくりしていって下さいね」
  妙子は、音もなくまた出ていく。
 文 「待ってよ、そういう事じゃなくて本当のこと教えてよ。
   子供じゃないんだからさ。愛人でも出来たの?」
  妙子、きっぱりと
 妙子「あなたは私の子供です。だからママとパパのことには口を挟まないでいいの」
  妙子出ていく。
  文、呆然とするが、汐見に向かって、
 文 「こんな時どんな顔をすればいいのか教えてよ」
  汐見、気の利いたことを言おうとするが結局、何も言わないで黙っている。
  文、キッチンに行き、ウオッカを呷る。
 文 「チクショウ、元気のクスリも只の酒ね。悪いけど帰ってくれる。
   これから死ぬほど泣くんだから」

47 高層マンション・外
  住人が活人画のようにアメリカのテレビコメディーのように動く。
  その脇を汐見、通り過ぎながら
汐見のモノローグ
 「30年前には海だったところに、今は人が住んでいて一人一人が同じ形の部屋に住みながら、
  別々の暮らしをしている。しかし、もしかしたら今も海はあってマンションは
  海の底に沈んでいるんじゃないだろうか。みんな大きな金魚鉢の中で生活ごっこを
  しているんじゃないだろうか」

48 産業道路沿いの歩道(夜)
  汐見が自転車で走る。
  脇の三車線の車道を大型ダンプが何台も走り抜けていく。
  そこに松木からの留守番電話の声
 松木(声)「汐見、悪いけど大切な用事や会ってくれへんか」

49 ファースト・フード店
  繁華街から少しはずれた店
  やけに明るい照明とは対照的に店内には疲れたような人々が座っている。
  店の隅の目立たない席に座っている松木。
 松木「文とは、仲良くやってんの」
 汐見「まあどうにかね。まだわかんないけど今日の所はね。何だよ相談って」
 松木「実は、内緒で金貸して欲しいんや、頼む」
 汐見「どのくらい?」
   松木、指を三本立てて、
 松木「3百万」
 汐見「無理だ。一体何に使う?」
 松木「借金の穴埋め。倍にして返すから」
 汐見「ギャンブルか。止めとけよ」
 松木「ちょっと、理由があってもうこれがクビまで使った状態でして、一発勝負しかないわけで・・・」
 汐見「馬鹿なこと言わないで、親に頼ったら。お前は地主の跡取り息子だろ」
 松木「親には言えない。ダメだ」
 汐見「本当のこと言えよ」
 松木「俺もポルトガルに行こうかなあ。なんとかなるかな。でもテレビもアニメもビデオもスピリッツもない
   世界なんか考えられないもんな。マクドはあるんかな?」
 汐見「とにかく、破産する前にもう一度親にアタマ下げなよ。コーヒーもう一杯おごるから」
 松木「もう勝手に親父の金使い込んどるんや。・・・あかんな」

50 臨海工業地帯の様子
   行き交うトレーラー。
   沖合いに係留している大型タンカー。
   雑草がはえて遊休地が目立つ工業地帯。

51 二週間後・文の職場
  仕事場に電話がかかってくる。
 文 「はい。なんだ。何?」
 汐見「最近松木に会った?」
 文 「ううん。どうかしたの?」
 汐見「留守番電話に、松木のお袋さんから松木が行方不明だって
   泣きのメッセージが入ってるんだよ」
 文 「まあ、ちょっと変だったからね。バイト先は?」
 汐見「それがまったく来てないんだ。俺が怒られちまった。ちょっと行ってみないか?」
 文 「まあ、いいわよ。じゃ帰りに」

52 松木のアパート(夜)
  夕方から雨が降り続いている。
  文が行くと、汐見が既に階段に座っている。
 文  「いたの?」
 汐見「管理人に鍵借りてきたんだ」
 文  「いなかったの?」
 汐見「それが内側からチェーンが掛かっているんだ」
 文 「?!」
  汐見、懐中電灯と大型の鉄板切りのカッターを取り出す。
 汐見「頼む、また同じ結果じゃ困るぜ」
  チェーンが切れる音。

53 同・部屋
  ワンルームの部屋は真っ暗で悪臭がする。
  山となったマンガ本やゲームソフト、
  ビデオ、プラモデルの箱。
  部屋とは不釣り合いに立派なAV機器。
  歩くとそれらが崩れる。
  風呂場を見る汐見。
 汐見「松木!」
  松木が髭ぼうぼうで、空のユニットバスに縮こまって横たわっている。
  汐見、松木を揺さぶる。
  松木、ゆっくりと目を開けて
 松木「なあ汐見、人間、なかなか格好良く死ねんもんやなあ」

54 救急病院
  病室の前に佇む汐見。
  文が花を持ってくる。
 文 「どうなの容態は?」
 汐見「ホント、バカだなあいつ。本気じゃなかったんだ。ハンバーガー一ヶ月分買い込んで
   こもってたんだぜ。防腐剤ビシバシだから腐んねえけど、甘ったれんなよな。おかげでこっちは胃が痛い」
 文 「会っても大丈夫?」
 汐見「今、両親が来て修羅場かも知れないがね」
  病室の扉が開く。
 松木の母「どうも、ウチの息子がありがとうございました。お金は私が何とかします」
  汐見と文、無言で会釈。
  よく日焼けした顔の松木の父親、潮見たちをじろりと睨んで、出ていこうとする。
 汐見「お父さん・・・。何か言うこと無いんですか?」
 松木の父「俺のこれからの老後の計画が滅茶苦茶だ。バカ息子、息子じゃないこんな奴」
 汐見「偉そうに言うんじゃないぜ。松木なりに一生懸命生きた結果じゃないか。
   誰もがあんたの言うようないい子だったら苦労しない。松木だって色々考えて子供やってたに決まっている。
   バカ呼ばわりすんな」
  松木の父、取っ組み合いをしようか思案しているが、母が引きずるようしてに出口に向かう。
  廊下向こうで何を言っているか分からないが、怒声が微かに聞こえる。
 文 「あれじゃ、離婚もできないわね、当分」

55 病室
  汐見と文が入っていく。松木が二人の方を向いて、
 松木「おおきに。聞こえたよ、助かった。オヤジとオフクロが来たときには寝たフリしてしてたんや」
 汐見「死ぬ気もないのに、死んだフリするの止めろよ。いつかホントに死ぬぞ。出来れば、俺がここで殺したろうか」
 松木「何てこと言う。俺は病人や」
 文 「しかも、重症の借金破産者のオタクね。二度とクレジットカードは作れないわね」
 松木「来週のレースだったら絶対来るからちょっと貸せよ」
  汐見、ナースコールを押して
 汐見「アタマも見てもらいな」
 松木「なあ」
  汐見、振り向く。
 松木「もし、三十過ぎたら本当の友達って出来ないよな」
  汐見、無言で頷き出ていく。

56 タクシー・車内
  汐見と文が乗っている。
  外は小雨。
 文 「さっき何であんなに怒ったの。初めて見たよ、恐い顔」
 汐見「仕事してた時はいつもあんなだよ」
 文 「はぐらかさないで。答えてどうして」
 汐見「ウチは離婚して再婚して離婚して、そんなこともう三回も繰り返している。
   だから関係者というかなんというかそういう人たちはたくさんいるが家族はいないんだ。
   たぶん。ぐちゃぐちゃはしてないがゴチャゴチャしてるんだ。だから余り考えないようにしてる
   ・・・けどどっか気になる。俺 のせいなのか誰のせいなのかって」
 文 「・・・単純に、産んで育てた人が両親でいいじゃないの」
 汐見「・・・それなら、茶の間にあったテレビだな。きっと俺と俺の仲間達の親は・・・」
  文、汐見の手を握る。
 汐見「(古いコマーシャルソング)」と唄う。
  文も途中からハモる。

57 文の職場(夕方)
  文、電話を掛ける。汐見の家だが、
  いつも留守伝になっている。
 文 「もしもしー。生きてるんだったら会社に電話頂戴。今ならヒマしてるから。
あ、ここは今週いっぱいだからね。、ヨロシク」
  受話器を置いた途端に電話のベル。
 汐見「悪い、悪い。ちょっと訳ありで電話に 出られなかった」
 文 「何、それ」
 汐見「嶺子と富原がより戻したのはいいんだけどさ、二人してはまっちゃったのさ。マルチ商法に。
   うるさくてしょうがないし、だって、お経のように、いや呪文のようにお金が入って、
   幸せになりますってばかり言うんだぜ。で、終わったら松木の野郎がまたぐちゃぐちゃと
   くだらねえない話しして来るんだ」
 文 「松木はマルチには引っかかってないの?」
 汐見「うん、それは平気なんだよな。嶺子の誘いにも乗らなかったみたいだし」
 文 「そっちは、何してるの?」
 汐見「手伝い仕事。締め切り間際の徹夜仕事ばかり。身体持たないね。あいつら仕事先までかけて来るんだ。
   どうにかしてくれよ」
 文 「ふーん。じゃあさ、松木の快気祝いにかこつけてまた集まれば。
   逃げ回ってないでびしっと言ってやりなさいよ。応援するから」

58 イタリアン・レストラン(夜)
  大きな工場が移転したあとに出来た人工的な巨大ショッピングモール。
  その中にあるレストラン。
  家族連れなどで賑わう。
  嶺子と富原のみ目を輝かして話をしている。
  ビールを啜りながら、話を聞いているフリをしている松木。
  汐見さっきから文に電話をかけているが全く繋がらない。
 汐見「安物のPHSなんか使ってるからだ」

59 繁華街の居酒屋
  文の送別会。上司の都合で突然決まってしまって困り果てている文。
  花束なんかもらって表面上はにこやかにしているけど、逃げ出すタイミングを計っている。
  上司の長い挨拶も終わり、なんとなく飲み会の雰囲気になってくる。
  酔っぱらった上司が文を手招きする。
  文、それを無視して、突然立ち上がり、
 文 「大変お世話になりました。皆さんの暖かい良い雰囲気の中で楽しく仕事が出来たことを感謝しています。
   また機会がありましたら是非宜しくお願いします」
  酔っぱらった上司がしつこく文を手招きする。
  文、幹事に耳打ち。
 文 「ごめんね。もう一つ約束がありまして」
 幹事「まあね、急に今日に決められて困っちゃったのよ。でも一応上司だったからもう一度挨拶したら」
 文 「だって、酔っぱらい、話が長いんだもん。ねね、宜しく」
  上司、大声を上げる。
 上司「和泉沢、こっち来い。最後に言っておきたいことがある」
  文が無視していると立ち上がり叫ぶ。
 上司「大体な、その態度が気に入らないんだ。上司が呼んだらすぐ返事しろ。
   いつもへらへらしやがって、だから派遣なんか若い者に良い影響がないんだ。
   英語が出来るから人間が優れてる訳じゃないんだ、分かったか」
 文 「それって、反則っていうか、失礼じゃ、卑怯じゃありません。
   いなくなる人間には何を言っても構わないんですか」
  上司、怒ってテーブルをひっくり返そうとする。口では止めようとするまわりの社員。
 上司「謝れ、何を言う。表に出ろ」
  上司、文を押すように外に出る。誰も止められない。
  店内から出た瞬間、振り向きざま回し蹴りを食らわす文。
  吹っ飛ぶ上司。

60 イタリアン・レストラン
 松木「で、そのままここに来たわけ」
  文、平然とスパゲッティなど器用にフォークで巻き取りながら
 文 「そう。あいつ学生時代、石投げてたとか、機動隊ともみ合ったなんて言ってるの嘘ね。
   だって小、中学生の時に空手やってたあたしに一発で倒されて気絶すんだモン」
 汐見「そりゃ、異種格闘技だからな」
 嶺子「気分良かったでしょう」
 文 「モチよ」
 富原「そう、気持ちを前向きに持つことが大 切なのです。ところで・・・」
 文 「お陰で後一日、残ってるんだけどもう行けないわよね。もうヤケだい!
   カードの精算が恐いけど・・・今日はあたしが奢っちゃう」

61 閉館間際のショッピングモール
  ふらふらとウインドウショッピングしながら千鳥足の五人。
 富原「気分悪い・・・」
  とトイレに消える。
  待っている間に、松木が急に思いつきで
 松木「隠れて驚かそうや。みんな散らばって」
  と笑いながらみんな駆け出す。
  富原がトイレから出てきてきょろきょろとあたりを見回すが誰も見あたらない。
  しょんぼりとする富原。
  くすくすと笑うその他の連中。
  松木が富原の後ろを忍び足で走り抜ける。
  仕方なく嶺子が出ていく。
  虚勢を張ろうとする富原。
  みんな出てきて笑う。
  店内に閉館十分前のアナウンスが流れる。
  文がはしゃいで
 文 「じゃ今度は嶺子がオニね」
  すかさず松木にタッチして
 嶺子「松木だよお」
  松木を残して、一斉に散らばるみんな。
  閉館五分前のアナウンス。『蛍の光』のメロディーが流れる。
  しかし、それを無視して走り隠れる。

62 閉館後のショッピングモール
  明かりが所々灯いているが薄暗い中警備員が巡回する。
  警備員がセキュリティーの暗証番号を押してロックされる館内。
  しばらくして、足音を忍ばせながら走り回る影法師。
  広いショッピングモールの中を全速力で駆け抜ける。
 松木「くそお、どこだ、薄気味悪いなあ」
  と独り言。
 松木「分かった。自分の負けや!」
  と叫ぶ。
 汐見「ここだよーん」
  と家電売場のテレビモニターの中に現れる。
  逃げる汐見を捕まえると、みんなひとりづつ出てくる。

63 同・館内
  中央の吹き抜けの水の止まった噴水。
  笑い転げる全員。
 文 「久しぶり、こんなに走り回ったの」
 富原「なんか酔いが醒めちゃった」
 嶺子「笑い過ぎで、あたし喉が渇いた」
  松木がよろよろと、スケボーに乗って生ビールを持ってくる。
 文 「どうしたの?」
 松木「さっきの店からちょっと拝借。中は鍵かかって無いみたいや。
   ツマミはどっかのほかの店から調達して来て!」
 汐見「よし、朝までは俺たちの貸し切りだってことだ」
 嶺子「そう、じゃ文、行こうよ、さっきあっちの店で可愛いシャツ見つけたんだから。
   ファッションショーしよう」
 松木「自分はゲーセンかな、変わり映えはないけどもさ。いやいやこの際だからホッケーでもやるか」
 汐見「負けるか自己破産者」
 松木「言ったな失業常習者・自称編集者め」
 富原「ポジティブなことは最高に精神に良いことです。ボクがレフリーしましょう。
   一応ホッケー部の顧問ですからね。本気ですよ」
 汐見「レフリーはポジティブ・富原だ」
  真夜中の広い通路でホッケーもどきが繰り広げられる。
  時々他の店内の中をすり抜けたりして進む。
  どたどたと追いかけていた富原もついにマウンテンバイクに乗って追いかける。

64 同・館内
  ホッケーに飽きた男性陣が女性陣を捜すとCDショップから
  突如、大音響でヒップホップが流れてくる。
  呆気に取られる一同。
  さらに店の奥から文と嶺子が最新の衣装に身を包んで現れる。
  メイクも小道具も完璧にしてファッションショーが始まる。
  悪のりする松木が、
 松木「じゃあ、自分DJやるわ」
 汐見「待って、カメラ良いヤツ持ってくるからさ」
  次々と変わる衣装。
  フラッシュの瞬き。
  ストロボの効果で一種独特の雰囲気。
  松木も悪のりしてファッションショーに特別参加してブーイングを受ける。

65 同・館内
  ゲームセンター。モニターの照り返しが深海の様だ。
 汐見「あー、久しぶりに遊んだ気がした」
 松木「後は、マンガの単行本を包んである、あのビニール袋を破ることくらいや」
 文 「店の中味を全部入れ替えちゃうってどう?」
 富原「本屋に檸檬を置くとか?」
 松木「さすがアララギ派。あかん」
 嶺子「これだけモノ会っても、欲しいモノって無いんだよね。そう思わない。
   お金が会っても買えないモノって無いよね。欲しいモノも見つかるよね。
   でもすぐにこれが欲しかったのかって思わない」
  一同、ちょっと白ける。
 富原「それはちょっとネガティブなシンキングじゃない。欲しいと思った人がいて、
   それを売るからみんな幸せになれるんだからさ。でしょう?」
 汐見「説得力はないけど、そんなモンだ。でもさ、実際問題俺らには金もない、欲しいんだけど欲しいモノはないよ」
 文 「バリ島一週間二十三万円。豪華ホテルエグゼクティブクラス。ソニアリキール・・・・・」
  と淡々と呪文の如く手あたり次第、パンフレットを読み上げる。
 松木「あー、金が欲しいな」
 富原「税金無しの」
 文 「自由にずっと使えるの」
 嶺子「そんで一生何にもしないの」
 汐見「長生きするよ、お前ら。老後が心配だけどな」
  全員、笑いまた店内を走り転がり回る。
  その声がこだましているうちに夜が白々と明けていく。

66 同・外(未明)
  薄暗いなか、搬入口から目立たないように出ていく。

67 国道(朝)
  夜明け。
  車の少ない産業道路。
  歩く五人。寒風が身に沁みる。
 富原「朝が来ると希望が満ちてきますねえ」
 汐見「まだまだ一日は長すぎるぜ、昼まで寝てりゃ半日で済む」
 松木「まあ、人生の三分の一は寝ている、まあ死んでるようなモンやからね」
 嶺子「『笑っていいとも』は目覚めのオマジナイかなにかなの?」
 文 「ねえ、見てよ」

68 パチンコ店
  国道沿いのパチンコ店の裏口に駐車したバン。
  警備員が現れて、大きな箱が車に積まれていく。

69 国道
 文 「あれって・・・」
 松木「現ナマや」
 嶺子「重そうね」
 汐見「何千万かな。手伝うか」
 富原「それだけの体積はありますね」

70 パチンコ店
  出ていくバン。
  何事もなかったような早朝の光景。

71 国道
 松木「やっぱ世の中、金や・・・愛はなくとも」
  汐見、バンを指さし手で拳銃の真似をして、
 汐見「手を挙げろ、バン、バン。戴きだ」
  みんなも真似して、バンバンと車が見えなくなるまでやっている。
  立ち尽くす五人。

72 汐見の部屋
  電話がかかってきて急いで出掛ける。
       
73 取材記事の打合
                汐見のモノローグ
                 「今日、知り合いの知り合いから週刊誌の特集記事の依頼が来た。
                 特集記事と言っても風俗記事とツーショットダイアル広告の隙間を埋める
                 ぺージなんだけど,それでも久しぶりに顔が緊張して、
74 街を早足で歩く汐見     街の人混みをかき分けて風を切って早足で歩いている
                 自分に快感を感じていた。昨日までの自分を棚に上げて呟く。
                 それにしてもなんて緊張感のない
75 店の取材と写真撮影     街だろうのっぺりしている。俺もそんな風に見えるのだろうか。
                 でも明日は分からない。とにかく今日をやり過ごそう。それだけだ。
                 ・・・安くて上手い食べ放題の健康レストラン大特集なんだこりゃ?」

   76 汐見の部屋(夜)
  留守番電話が点滅している。
  帰宅した汐見着替えながら、ボタンを押して再生する。
  ピーと音が鳴り・・・
 声「こんばんわ梅ヶ谷です。あっちはひとりでさみしいんで出てきました。また電話します」
  静寂。
  と突然に電話のベルが鳴る。
  汐見、ギクッとしながらも受話器を取る。
 汐見「もしもし」
  電話の向こうは無言。
  やがて、苦しそうな男のうめき声が・・・。
  汐見は受話器を落としそうになるが次の瞬間に、
 松木「イテテ、よお、汐見か。俺だ、俺だ」
 汐見「お前、どこから掛けているんだ」

77 クイック・マッサージ治療室
 松木「いやあ、今マッサージしてもらってるの。やあ気持ちいいやら苦しいやら。
   ストレス溜まっちゃって現代病だねこれは」

78 汐見の部屋
  汐見、食べるものを探して冷蔵庫を漁る。
 汐見「ストレスなんかじゃないだろうが」

79 マッサージ治療室
 松木「お金かかるとこには、今行けんからさ。ところであのさ、この間のあれさ。
   手に入れたいと思わなかった?」

80 汐見の部屋
  汐見、さんざん探してようやくクラッカーを見つける。残り物の牛乳で
  流し込もうとする。
  テーブルの上に梅ヶ谷の持っていたポルトガルの記事があるのを見つける。
 汐見「あれって、ゲームソフトのことか?」

81 マッサージ治療室
  診察台の上に座り込み、
 松木「違う、違う、北朝鮮のミサイルのモト」
 汐見(電話)「は?」
 松木「鈍いなあ、みんなはすぐに分かったぞ」

82 汐見の部屋
 汐見「パチンコか・・・。そんな話を電話で簡単にして」
 松木(電話)「大丈夫だよ、出来んじゃないの俺達にも。お前が最後だよ」
 汐見「みんな、やる気なんだな」
 松木(電話)「そう、ちょろいもんだよ。一生ラクしようや」
  汐見、ポルトガルの夕陽の記事をもう一度見て、
 汐見「わかったよ」
 松木(電話)「ぎゃははっ。さあ、ゲームのはじまりです。ってとこかな。お前マジに思った?」
 汐見「冗談か?だからデブの言うことはわかんねえよ」
 松木(電話)「ゲームだよ、遊び、強盗ごっこ。みんな乗り気だったぞ。
       決まりだな、じゃあまた電話するよ」
  汐見、記事を上着のポケットに突っ込む。

83 パチンコ・パーラーの駐車場(午前)
  巨大駐車場、すぐ脇に産業道路が走っている。
  富原のRVに汐見を除く四人が乗っている。
  文はサングラスにスカーフ。
  富原は双眼鏡。
  嶺子はピクニック・バスケットにサンドイッチなど持ってきている。
 松木「汐見は取材だとよ。冷てえな、さて、富原さん研修ということで
   敵情視察といきまへんか?」
 文 「私も行く。何か車の中だけだと飽きちゃうね。頑張るぞ」

84 同・駐車場 (夕方)
  汐見がRVに乗り込む。
 嶺子「あら、取材は終わったの?」
 汐見「ああ、電話取材だったから」
 嶺子「携帯使えば楽だったのに」
 汐見「俺は飛び道具は使わないの!みんなは?」
 嶺子「今頃、熱くなってるわよ、きっと。熱中出来るなら何でも良いんだ」

85 歩道橋
  道幅の広い産業道路を横断する長い歩道橋。
  汐見と嶺子がトラックの流れを眺めている。
  歩道橋の手すりの上を歩く嶺子。長い影が伸びる。
 汐見「危ないよ。落ちたらぺしゃんこだ」
  嶺子構わず、平均台の要領で進み続ける。
 嶺子「いつもそんなことばかり言っている。 口先だけ。何で私が富原と結婚したか知ってる?」
 汐見「・・・・・・」
 嶺子「それはね、汐見と全く反対の人なら好きになれるかなって思ったから。
   汐見に振られてそう思った反対の反対ならホントウだと思ったから。
   ・・・でもそれも違うみたいね」
 汐見「降りろよ」
 嶺子「汐見、キミはすぐ逃げる。逃げりゃいいってもんじゃない。真っ直ぐ行ってぶつかる奴は
   アタマ悪いと思っているんだろう。嶺子は今、狂ってるからね」
  嶺子そのまま、前方回転をする。
 嶺子「なんかさ、結婚とか子供とか家庭とか 幸せとか、繋がン無くてココロがバラバラなんだ。
    一人モンにゃわかんないわよだからカルチャースクールを片っ端から行ってるのよ、
   何かあると思ってさ。だから資格 だけだったら一生困んないわね。」
  と嶺子、手すりに座り込み胡座をかく。
  嶺子の長い髪を夕陽が染める。
 汐見「俺は何もかも面倒くさいだけ。もう一度、自分の親のやったことのリバイバルを
   すると思うとゾッとする、そういうことだけだ」
 嶺子「つまんないの。汐見はいい人だけど、それだけの人ね。そういうの偽善っていうのよ。人生面白い?」
 汐見「人生って面白いモノなのか?一九九九年七月に恐怖の大王が降りて来て地球が滅亡するというのにさ」
 嶺子「つまんないことはよく覚えてるのね。じゃ、あと何回きれいな夕陽、見れるのかね。
   今日の夕陽は今日しか見られないのよ。あとでいくら後悔してもね」

86 駐車場
  文だけが勝ったようだ。富原と松木が言い争っている。
 富原「あんな悪い品物置いちゃダメですよ。私の扱ってるモノの方が全然いい。PTAでも評判なんだから」
 松木「ええの?そんなことして」
 富原「そりゃ、分かるようにはやらないですよ。学級新聞を使ったりして生徒に書かせるんですよ」
 文 「みんな真剣さが足りない。私が勝ったのもっと褒めてくれても良いんじゃないの」
  と三人で影踏みしながら車に近づく。
  文、汐見と嶺子に気付く。
 文 「仕事、終わったの」
 汐見「ああ、今日の分はね」
  嶺子がなにか言おうとすると、富原が
 富原「嶺子、風邪ひいてるんだろ。車のなかにいなきゃダメだ」
  嶺子逆らわずに乗ろうとするが、
  気が変わって、運転席に乗る。

87 産業道路・車内(夜)
  五人を乗せて陽の暮れた国道を飛ばす。
  嶺子のスピード狂。
  次々と他の車を抜かしていく。
 松木「色々と強盗道具セットを買わなきゃ、あかんな。何がいるかな。ロープとか、
   そうだ、ナンバープレート偽造しないといかんな」
 富原「えー、この車使う気?!。ダメだよ今度の月曜は学校の奴等と
   渓流釣りに行くんだから」
 嶺子「何それ聞いてないわよ」
 松木「車借りたら、すぐバレるやろ」
  赤い警告灯が後方に見えた。
 汐見「あ、ヤベ、パトカーだ」
 文 「とりあえず、愛想よくね。何にもやってないんだから」

88 同・路肩
  パトカーから警官降りてくる。
  松木、運転手側の窓を開けて、
  一同、異様に愛想良くにっこりと
 全員「こんばんわー」

89 繁華街の喫茶店
  文がパンフレットを眺めている。
  嶺子が荷物を持って入ってくる。
 嶺子「ごめん、待った?」
 文 「ううん、何買った?」
 嶺子「ロープに、懐中電灯にガムテープ、あと、変装用のお面でしょう・・・」
 文 「それ全部、ハンズで買ってきたの?」
 嶺子「そうよ。あ、手袋忘れた」
文 「あのさあ、調べられれば、誰がいつ買ったか分かっちゃうでしょう。
いろんなところで買わなきゃ」
 嶺子「えー、面倒くさいよ。文、その袋は何?」
  と足元の東急ハンズの袋を指さす。
 文 「え?これは私のノルマ」
 嶺子「何が入ってるの?」
 文 「ロープに手袋に・・・」
 嶺子「それよりさあ、当日着るモノ探しに行かない」
 文 「いいわね」

90 デパート街
  二人連れだって歩く文と嶺子。
  ゆっくりと店内を見て回る。

91 同じ街
  汐見がきょろきょろしながら早足で歩く。
 汐見「忙しいこんな時に電話が無いし、あってもテレカじゃないと
   掛けられないなんてふざけている。あー取材の約束の時間に遅れちまう」
  とぶつぶつ言いながら人混みを縫って行く。
  赤に変わった、歩行者用の信号を強引に渡る。
  ようやく見つけた電話で電話を掛けようとする。
  後ろで車の急ブレーキとぶつかる鈍い音。
  振り返ると一人の中年男性が倒れている。
  みんな足早に見て見ぬフリしたり、遠巻きにして突っ立っている。
  汐見の電話に先方が出る。
 汐見「あ、ごめんなさい、また掛け直します」
  と119をダイヤルする。

92 デパート街・屋上
  文と嶺子がアイスクリームを食べている。
  地上を歩く人たちを見おろして、
 嶺子「こんなにいっぱい人がいるのに、私たちに関係ある人ってほとんどいないんだよねえ」
 文 「ちょっと寒いね。ねえお金を何に使うか 考えている?」
 嶺子「デパートでも買い取ろうかしら。ねえ富原、いつの間にか品物を大量に買い付けたの。
   失礼しちゃう。私たち別々に口座も分けているのに。全部自分のモノの積もりなのかしら」
 文 「ふーん、現実的ね。どこかに行ったりしないの?」
 嶺子「うん、文こそどうするの?私、変わってみようと思うの。自己開発ね、どうかしら。新しい自分の発見!」
 文 「自分のためなら良いんじゃない。新興宗教じゃないんでしょ」
 嶺子「たぶん。新しくなれるのなら整形手術より安上がりじゃないの。別に命取られるわけじゃないしね」
 文 「まるで逃亡犯ね」
  ふたりしてキャッキャッと笑い転げる。
  嶺子、急に真面目になって、
 嶺子「だから文、あたし汐見を取っても良い?」

93 交差点・路上
 汐見「大丈夫ですか」
  と倒れている男の手を握って声を掛けるが、唸り声が帰ってくるだけで、
それも弱々しくなる。
  まわりで眺めている人々からは、声もなく固まっている。
  救急車のサイレンが聞こえる。
  汐見が握っている手から力が抜ける。
  警官と救急車がほぼ同時に来る。
  蘇生作業が続けられる。
  警官が汐見に聞く。
 警官「知り合い?」
  汐見、首を振る。
 汐見「三分前に初めて会った。一言も話してない」
  汐見、ふらふらと行こうとする。
  警官呼び止める。
 警官「どこへ行くんだ」
 汐見「仕事の時間に遅れるんだ。でも間に合わないか、何も急ぐことは無いよね。
自分が何かふわふわしている、自分じゃないみたいだ。でもこれ夢じゃないよな」
 警官「人が一人亡くなっているんだ」
 汐見「立ち止まらなければ、少し歩けばすべて忘れていられたのにな。原稿も落ちなかったろうし。
   他人と係わりあいを持つと面倒くさいね。お巡りさん」
 警官「大丈夫か?病院行くか」
  汐見、首を振り去っていく。

94 同・繁華街の路上
  ふらふらと夢遊病者のようになって歩く汐見。
  様々な騒音が一度に体内に入ってくる。
  ふと目の前の巨大な屋外ブラウン管を見ると、そこには梅ヶ谷のビデオの顔が映る。
  街中のポスターや雑誌に目をやると全ての写真が梅ヶ谷に変わっていて、
  汐見を見つめている。
  冷や汗をかく汐見。
  人にぶつかる。
  相手はいつぞやの高校生達の集団。
  人影のないところで殴る蹴るの暴行を受ける汐見。
  半ば、意識を失いながら、
 汐見「誰も見ない、誰も知らない・・・・・でもどこかで見たような景色・・・」

95 ファーストフード店(夕方)
  松木がコーヒー一杯で粘っている。
  テーブルの上にはラップトップのコンピュータ。
  図々しくも店のコンセントから電気を取っている。
  まわりは学校帰りの高校生たち。
  富原が鞄を抱えてやってくる。
 富原「なんか言いアイディアでもあったのか」
 松木「いや、ところで金貸してくんない。等身大フィギュアの限定品が出たんで、
   内金を入れたいんだ。かわいいんだからこれが」
 富原「じゃあ、ウチの会員になってよ。いつも逃げ回ってるんだから」
  と鞄から各種パンフレットを取り出す。
 松木「おれは健康だから健康食品はいらないの。あと友達少ないから会員増えないや」
  富原は仕方なく広げたパンフレットをしまい、
テストの答案用紙を取り出し採点を始める。
 松木「今日も一日見張っていたんだけど、前日の売り上げをチェーン店六件あって、
   それを全部回って、銀行の貸金庫に預けてるみたいなんやて」
 富原「で、売り上げはどれくれらいなんだ?」
 松木「わからんよ、そんなの」
 富原「わからんじゃないぜ。こっちは教師生命を賭けてるんだから」
 松木「大袈裟だよ、軽い冗談なんだからさ、富原ちゃん」
  富原、生徒を見つけて詰問する。
  それを眺めている松木。
  富原が生徒から何かを取り上げる。
 富原「近頃の生徒と来たら可愛くないな。ここでは黙ってて親に密告するからなあいつたち」
 松木「ウチらも密談しててええのか。でも汐見が来ないなあ。あいつ携帯ぐらい持ってろよな」

96 汐見の家(朝)
  汐見、がばっと起きる。
  いつの間にか机で眠っていた。
  顔が腫れて傷だらけ。
  ファックスでの原稿催促の手紙。
 汐見「やべえ」
  ダッシュで出掛ける。

97 出版プロダクション
  人通りの多い街を通り、こぎれいな事務所にたどり着く。
  椅子や床で眠る編集員を避け奥のデスクへ行く。
  一人悠然と新聞を読む編集長(47)。
 編集長「昨日中の約束じゃなかったっけ」
 汐見「ええ、ちょっと昨日事故があったもんで」
  編集長、ぎょっとする。
 編集長「ウチと関係あるのか?」
 汐見「いいえ、直接は・・・」
 編集長「じゃあ、言い訳にはならないな」
  原稿に目を通して、
 編集長「もう少しキャリアを積んだ方がいいな。君らの世代だけをターゲットにするなら良いけどさ。
    ウチの雑誌はもっと対象が広いからさ。昔はもっと徹夜してここの隅で書いたりしたもんだ。
    ああ、これで良いよ。あとこっちで手を入れとくから。あと精算してくれ、この用紙に・・・」
  と立ち上がり、用紙を取り出すと汐見の姿と原稿がない。

98 オフィスビル街
  繁華街を歩く汐見。
  ポケットの中に、いつかのポルトガルの切り抜きが指に触れた。
  それを細かく引きちぎりながら、
 汐見「誰でもないんだ、結局は。二十一世紀になっても、きっといつまでたっても半人前扱い。
   かといって喧嘩するほどのことでもなし。なんでも無し。どうでも良し、か。」

99 運河に架かる橋
  富原のRVが近づいてくる。
  車に乗り込んだ汐見に、
 松木「不景気な顔しないの。俺なんか色々考えとって、ここ二三日よく寝てないよ。
なあこの運河も相変わらずドブ臭いな」
 汐見「なあ、上手く行くかなあ」
 松木「もう完璧」

100 高校の校庭
  小高い丘の上にある彼らの母校。
 富原「変わって無いなあ、でもこんなに校庭は狭かったっけ」
 松木「こっち来いよ。ここからよく見えるから」
  と校庭の隅の一角に呼ぶ。
 文 「ここから良くエスケープしたわね」
 松木「あそこが工場跡地に作られたショッピングセンター、もちろん目指すパチンコ店もあそこや。
現金を奪ったらあそこから3キロ離れたところに使ってない建物がある。そこで体制を立て直して逃走する」
 富原「ここの野球部もいつもながら弱いよな。応援に行く前に負けちまうんだから」
 嶺子「でも楽しかったじゃないの」
 松木「そう、俺達の知っているプロ野球選手もみんなもう年下や。もう憧れのプロ野球選手じゃないよな。
   テレビで声援してるこっちはオヤジだ」
 汐見「夢が一個一個減って無くなっていく。俺達変わったのかな。変わってないのかな」
 文 「さあね。学割の利かない子供みたいなもんじゃないの」
 松木「大人一枚、子供一枚ってとこか。昔見えてたけど今見えないものっていっぱいあるよな」
 汐見「普通は逆だけどな。大人になると見えてくるものだけど」
  と言ってバッターボックスに立つ。
  松木ピッチャーマウンドからボールを投げる振りをする。
  汐見、バットを振り思いきりベースを回る。
  コーチのようにぐるぐると手を回す文。
  ホームベースでタッチしようとする松木をかい潜ってホームインする。
  嶺子がセーフと手を広げる。
  ぽかんとしている富原。

101 廃屋
  ぼろぼろの窓ガラスが割れて、ベニヤ板で塞いである建物。
  中は薄暗く埃っぽい。
 汐見「良く見つけたなこんなところ」
 嶺子「私が知ってたの。解散した宗教団体の支部だったのよ。あまり人も近づかないわ」
 松木「ここで証拠になるものを捨てて、金を隠しに行くの」
  汐見が座っていると、富原が
 富原「疲れてるのか?これを使えよシャキッとするらしいぞ」
 汐見「なに?」
 富原「覚醒剤。生徒から取り上げたんだ。効くらしいぞ。俺はやらんけど」
 汐見「これが今の学校教育か?個人を尊重する個性的な指導ってわけか」
 富原「何をむきになっているんだ。教師も一つの仕事だぜ。編集者がそんなに偉いのかよ」
 汐見「いや、俺達に何か言える事ってあるのかなと思ったんだ」
  汐見と富原、笑って良いのか泣いて良いのか分からない中途半端な顔している。
  汐見、はっと気付き、
 汐見「嶺子はまさか・・・」
  富原、答えない。

102 汐見の部屋(夕方)
  汐見と文が離れて座っている。夕焼けが少し残っているが部屋は暗い。
  文、立ち上がり窓際へ行き、外の工場を眺める。
 文 「ねえ、慎重な汐見が何でこんな強盗ごっご遊びをやってるの?」
 汐見「ごっご遊びだからじゃないか。実現しない夢みたいなものだからさ」
 文 「ウソだ。本気なんでしょう」
 汐見「本気じゃないよ」
 文 「ウソ、ウソつき。失敗したときの言い訳よそれは。見てて分かるものあなたが煮詰まっているのが、
   どこにも逃げるところないのが、ジレンマなんでしょ。ただ何かに熱中したいのよ。
   上手く行こうがどうでも良いのよ」
  部屋が暗いので、両者の表情が分からない。
 汐見「・・・文はどうなんだ」
 文 「保護者ぶらないでよ。私は頑張らなくちゃいけないの。何事にも。
   そうしないと自分で立っていられなくなるの。倒れちゃうの。
   そういう風にプログラムされてるの。ずっと良い子の役だったからね。
   他のこと出来ないわ。悲しいけどね」
 汐見「・・・なあ、文」
 文 「えっ」
 汐見「俺達は二十五年前に、ああいう工場の中で作られてた工業製品なのかも知れないな」
  無言で出ていく文。引き留められない汐見。
  遠くに見える工場の照明群。

103 山道を行く車
  曲がりくねった山道を行くRV車。

104 人造湖ダム
  深閑とした吹きさらしのダムの堤防
  全員車から降りて、
 松木「この近くの山の中に埋めようと思うんやけどさ」
 文「どのくらい?」
 松木「二、三年」
 富原「そんなに待てないよ、すぐ分けようよ」
 松木「でもすぐには使えんよ、まずいよ。俺も欲しいけどさ」
 嶺子「ねえ、どうでもいいけど寒いからどっか入ろう」

105 カラオケボックス
  山の中の県道沿いにあるコンテナを改造したカラオケボックス
 文 「何、通信じゃないんだ、レーザーか。じゃ新しいの無いわね」
  さっきまで静かだった嶺子がはしゃいで唄う。
  ひと段落したところで急に静寂。
 汐見「本気なのか。遊びならそろそろ終わりにしないと後味悪いぞ」
  一同沈黙。v   カラオケの伴奏だけ流れる。
 嶺子「みんながやるって言ったからさ・・・・」
 文 「なあに、弱気になったの」
 汐見「武器も何にもなくて出来ると思っていたのか?拳銃でもあれば確実だけどさ」
 文 「・・・・・・」
 富原「現実味はないよな。冗談にしては、面白かったという事で、まあ良いんじゃないか」
 松木「そういうことだな。たぶん。
   半端者の新人類のオタクの三無主義の帰宅部はそんなもんだな、ずっと俺達、これからもな」
  一同再び沈黙するが、次第にそうだな、と同意する者、
  そして次、誰が唄うのかと雑談になっていく。
 松木「ちょっと富原、車貸してくれ。すぐ戻るから」
  松木、キーを借りて出ていく。

106 同・外
  汐見、松木を追いかけて出てくる。
 汐見「お前、まさか本気じゃないよな」
  松木、汐見をじっと見つめて、ニコッと笑いかけて、
 松木「本気だったけど、一人じゃ出来ないよ。なあ汐見、文と二人で強盗してもかまへんか」
  汐見、目を外らす
 汐見「文が本気ならな、反対しないよ」
  突然、松木が汐見を殴る。
  呆然とする汐見。
  松木、ぶるぶると震えながら、
 松木「あかんわ、あかん、汐見それがお前の悪いとこや。それじゃ俺の気持ちがおさまらん。
文がそんな事言うか?汐見、いい加減にせえよそんな八方美人しとるからみんなを不幸にしてるんや」
   と、車で去る。
 汐見「・・・・・・」
  文がカラオケボックスのドアを開けて
 文 「汐見の曲、かかったわよ」
  汐見、頬を押さえて、カラオケボックスの中に戻っていく。

107 同(夜)
  歌い疲れているが、松木が帰ってこないので帰るに帰れない。
  時間は夜の十一時過ぎ。
  みんな半分酔っぱらって、寝ている。
  時折、文が思い出したように歌うが誰も聞いていない。
  その時ドアの外で怒声。

108 同・隣のボックス
  空室に富原と嶺子。
  嶺子は泣き叫んでいる。
 汐見「嶺子どうした」
  嶺子は富原を指さし、
 嶺子「ダメだよ。一人で逃げちゃ」
  富原の手には注射器。
  その時勢いよくドアが開き松木が、戻ってくる。
 松木「ハロー!!じゃーん、やったぜ」
 汐見「まさか、お前」
 松木「一人で何が出来ますか。万馬券で大儲け。お馬はん、おおきに」
  みんな気を取り直し、口々にやった、やったとはしゃぐ。
 富原「じゃ、松木の奢りで今日はこれでお開きという事で・・・」
 松木「いや、これからだよ」
 嶺子「エー、もう歌い飽きたよ」
 松木「盛り上がるのはこれからでっせ」
  と紙袋から拳銃を2丁、取り出す。
  みんな動きがぴたりと止まる。
 松木「万馬券、拳銃に化けました。買うの苦労したんだぜ。1丁はモデルガンだけど。
   これで配当がもっと確実になりだろ。なあ汐見」
 汐見「マジか」
 松木「たぶん」

109 パチンコ店・早朝
  雨。
  現金輸送車が入ってくる。
 警備員1「そう、おたくの息子も大変だね。今年受験とはね」
 警備員2「だめ、俺に似て勉強出来ないからな。本人は専門学校行くと言っているけど」
 警備員1「親の金くせに何言っているって言ってやればいいんんだよ」
 警備員2「まあ、真面目にやってくれれば良いんだけど」
  通用口から現金の入った袋を警備員1が持ってくる。
  後部扉を開けると同時に、建物の影から
  変装し拳銃を構えた汐見、富原、松木が現れる。
  黙って紙を警備員1と2に突きつける。
  『袋に現金紙幣を入れろ』
  ぐずぐずしていると、パチンコ店の窓ガラスに威嚇射撃をする。
  飛び散るガラス、それを合図にしたように現金を積めていく。
  手伝う、富原と松木。
  警備員3が運転席からそっと抜け出し、逃げようとする。
  文が空手で倒す。
  詰め終わると、警備員三人の手足と口をガムテープで塞ぎ、車内に閉じこめる。
  同時に、タイヤをナイフで切り裂く。
  すぐに裏手に駐車した富原の車に乗り込み、パチンコ店の敷地から出ていく。
  嶺子が運転している。
 汐見「慎重に安全運転でな」
 嶺子「分かってるって」
  後部では、まだ富原と松木が緊張で黙っている。
 嶺子「上手くいったの?」
  頷く富原。

110 踏切
  長い貨物列車に引っかかり、なかなか進めない。
  パニックになりかける車内。
  ようやく踏切が開き飛び出すように出ていく車。

111 廃屋
  用意した偽造ナンバーの付け替え、着替えを素早くやる。
112 国道
  パトカー数台とすれ違う。
113 山道を行く車

114 人造湖ダムの堤防
  雨が止み陽が差してくる。
  松木、袋の中に首を突っ込んで見て
 松木「ちょっと待て、ざっとわかんない程いっぱい」
 文 「えー、見せて見せて」
  とはしゃぐ。
 富原「ラジオじゃ、二千万円っていってるけど」
 松木「もっとあるぜ」
 汐見「・・・返すんだ」
  一同、はっとして汐見をみる。  嶺子「・・・勿体ない」
 富原「献金したら・・・」
 松木「本気か」
 汐見「本気だ。但し二千万円だけだ。これでゲームは終わり。
   残りは俺達の将来もらえ ない年金の損失補填だ。これでも数百万にはなるだろう」
  汐見が後ろ向いて車の方に帰ろうとすると、
  松木がポケットから拳銃を取り出し、
  汐見にねらいを定める。
 松木「裏切るのか」
  はっとする一同。
 文「汐見!」
  汐見ゆっくりと振り返る。ポケットから拳銃を出す。
  にらみ合う二人。
 汐見「裏切る?ゲームオーバーだよ。松木、お前は何が欲しいんだ」
 松木「お前が気前良くあきらめてきたもの全部。お前はええ格好しいや」
 汐見「お前こそ欲張りすぎだ」
  松木、銃口を自分の頭に向ける。
  動揺する一同。
 松木「さあ、松木さんの最後の賭けでっせ。みんな賭けた賭けた」
  松木、引き金を引くが
  弾丸は出ない。
  モデルガンだった。
 松木「あかん、また負けや」
  松木、拳銃を人造湖に投げ捨てる。
  汐見は銃口を一人一人に照準を合わせる
 汐見「さっき一発撃ったからあと5発は残っているぞ」
  一同、動けない。
 汐見「本気のごっこ遊びだ。どうせ全ては死ぬまでの暇つぶしなんだからさ!
   それともワイドショーのネタになりたいのか?」
  汐見、みんなに背を向け、拳銃を思いきり遠くに投げ捨てる。
  湖に飛沫が上がり、なかなか消えない波紋。
  その後の静寂。

115 高校の野球部のホームグランド
  彼らの母校のグランドでは、高校生たちが
  今日もいつものように練習が続けられている。
  一方で、下校する生徒たちの姿も見える。
  ロッカーの方で叫び声が上がる。
  グランドの部員がロッカーに走っていく。

116 同・ロッカー
  一年生部員が練習の準備をするために
  ロッカーを開けると袋が出てくる。
  中味を見て驚く部員たち。

117 工業地帯の岸壁
  夕方の西日が眩しい。
  汐見と文が座っている。
 汐見「日本の夕陽もきれいじゃないか」
 文 「ポルトガル行けばいいじゃない」
 汐見「行けると思うと、行きたくないんだよな」
 文 「そんなもんかね。ねえどうするの?」
 汐見「これからねえ、未来なんか永遠に来なくても
きれいな夕陽が見られればいいじゃない・・・帰ろか」
  夕陽を浴び、手をつないで歩き去る二人。
汐見のモノローグ・・・ふざけた調子で、
 「結局僕たちは誰にもなれませんでしたこれからも死ぬまでずーっと同じなのかも知れません。
でもそれはまた別のお話しなのです。とりあえず、何にもない明日へ。
とにかく明日は黙っていても来るのですから」
    

             
END
  角田 作