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ノンフィクション



世界を不幸にしたグローバリズムの正体

ジョセフ・E.スティグリッツ:徳間書店:1800

 

 ようやっと、IMF、世界銀行の功罪に世界からの反論が届くようになってきた。作者は世界銀行のスタッフとして、アジア金融危機(タイと韓国)をみてその滅茶苦茶さにこれを発表しなくてはと公に発言するようになったようだ。

 詳しくはここを参照にしてもらいたいが、専門家と呼ばれる人がいかにいい加減か、またアメリカの威光を使っているかが明かされる。いわばその国のことを知らないのに金を貸すから俺のいうことを聞けというやり方が通用していたのだ。しかもその処方箋は地域性を考慮せずにどの国でも同じ。支出を切り詰めて、財政健全化をして自由化を促進して海外からの投資を待つ。おかげで余計その国をダメにしていくことが次々と起こった。タイはその通りにやって経済は沈滞した。韓国は言う事を聞かずに独自の政策を取りIMFの借金を返すことができた。ようやく最近は外からの批判が届いたらしく、少しはやり方を変えているらしい。でないと日本もやられているところだ(まだ虎視眈々と狙っているようだが)。

 ただし作者はいわゆるグローバリゼーションを否定しているわけではない。瞬時にカネが動くことでその国の経済を破壊することができる、いまのグローバリゼーションといわれるシステムを否定しているのだ。教育文化経済のインフラとしてのグローバリゼーションの役割を認めている。

ここに書かれていることが終わった歴史の評論となるか、これからも起こる愚行を説明するテキストになるのかはまだわからない。


それがぼくには楽しかったから  全世界を巻き込んだリ ナックス革命の真実

リーナス・トーバルズ、デイビッド・ダイヤモンド:小学館プロダクション:1800

 

 Linuxを作り出したフィンランドのヲタク青年が自分のことについて書いた本。誰とも遊ばずに、自宅でこつこつとプログラムしている様子は予想通りともいえる。ただ彼が普通のヲタクと違うのは、親が共産主義者のジャーナリストだったこと。良い悪いにかかわらず、社会を見る目が育てられていたので単純にネットに閉じこもることはなかった。また大学に25才くらいまでいられて、電話が定額料金という社会だからこそできたのだろうな。所有に対するフリーという概念がここまで徹底することができるというのも痛快な話だね。

注釈として加えておくと、Linuxの場合のフリーと言うのは、無料というのではなく、使用、頒布、譲渡を自由にできるというフリーであって、それを改良して、有料の販売をすることを全く否定していない。だからたくさんのバージョンがあると共に有料と無料のバージョンがある。

 


タリバン拘束日記  アフガン潜入から拘束、解放までの 26日間

柳田大元:青峰社:1400

 

 すっかりあの時はニュースネタとして有名になってしまったが、その実態は記者会見でも口を噤んだままでわからなかった。本人が克明に日記と言う形にしてここに残した記録には、国境を越えてすぐに捕らえられてそのままタリバンが崩壊するまで監禁されていた模様が描かれている。そこにはただ単調な収容生活があり、同房のパキスタンやフランスの記者や地元の泥棒や政治犯が雑魚寝をしている。自分が現地を歩き回ったわけでもなく、ここからあの戦争やタリバンについて何かを見出すのは難しい。それは著者も充分にわかっているようだ。どうしてもアタマに残るのは、寒い早朝から一杯の紅茶をに飲むのに何時間もかけて湯を沸かし1日を始める、それだけのことが殊の外、新鮮に神聖にみえるところだ。あの戦争について一般性はないが、読書リストには付け加えたい一冊。
 



レッド・マフィア

ロバート・I・フリーマン:毎日新聞社:2200

 

 

北海道のテレビ局のドキュメンタリーで、ロシアン・マフィアが大量に日本に向けてカニを乱獲していて資源が底を尽きそうだという、すごい実態がレポートされていた。そのカニはたぶん「激安グルメバスツアー、カニ食べ放題」に流れるんだろうなあ。それでマフィアが潤うという仕組みのようだ。

 本書は、ロシアン。マフィアに暗殺の懸賞金をかけられているアメリカのジャーナリストが、多方面から彼らの活動に迫ったものだ。ソビエト崩壊前に、ロシアに住むユダヤ人犯罪者をアメリカに追放(亡命)するという秘密裡の工作により、ニューヨークのブライトン・ビーチはロシアン・マフィアの拠点となる。イタリア・マフィアも一目置くという残忍さ。「彼らは標的だけではなく、その家族だろうと無差別に殺しまくる」。ロシアの財産の横取りや不正な財産づくりをアメリカでマネーロンダリングして帝国を広げていく。ロシアの銀行の多くは彼らのものだし、東欧までも牛耳り、コロンビアマフィアとも手を握り、密輸用にソビエト海軍の潜水艦を館長、乗員ごと売却しようとする。ハンガリーでは合法的に兵器製造会社を手に入れる。またNHL(ホッケー・リーグ)のロシア出身選手に食いこむ。

 多くがユダヤ人である彼らはまたイスラエルにも拠点を持つ。第二の祖国でもある。たぶん世界一巨大な闇の世界を牛耳るロシアン・マフィアが、表舞台に出てくるのも遠くはないと著者は警告している。

 


タリバン イスラム原理主義の戦士たち
アハメド・ラシッド:講談社:2800

 副題のIslam,Oiland New Great Game in Central Asiaが示すように9.11以降曖昧にされ続けている大国の欺瞞。それを既にきちんとした視点から解読している。
“本質的に聖戦はより良き人間になり、自らを改善し、コミュニティを助けるためのもの、ムスリムの内部闘争なのである。聖戦はまた、神への服従と地上に対する神の命令の実践を試す場なのである”
 これがいわゆるジハードの定義である。あらゆる宗教の最終到達点である自分自身との闘いのことなのだ。聖典の解釈によっていろんなことが起きるのもどの宗教も同じ。イスラムを特別と考えるのはおかしい。
 タリバンという組織がどのように生まれ、何をしてきたのか。北部同盟との戦い。国際社会参加を目論んだ事。隣国との関係などが事細かに書かれている。
 なかでも、タリバンを認知して、トルメニスタンからパキスタンへパイプラインを引こうと議会に圧力をかけたアメリカのメジャー石油会社ユノカルの動きは怪しい。その怪しさはいまも続いているようだ。
 
 



タリバン
 田中宇:光文社新書:680

 タリバンについて、著者が2000年にアフガニスタンを訪れた記録を間に挟みながらタリバンの成立を簡潔にまとめている。地に足のついたレポートで、アフガニスタン人のモノの考え方、その誇り高さ、難民キャンプの様子、カブールという都会と田舎の意識の違い、密輸経済、など日本人の目線ならではの記述も多い。著者のページはここ
 
 
 
 
 
 
 
 
 



東京アウトサイダーズ 
 ロイ・ホワイティング:角川書店:1800

 著者の手にかかると戦後のトーキョーは暴力が支配するギャングシティということになる。まあ外国人の視点に立ってみるとそうなるのだろうが。
 前作の「東京アンダーワールド」で入りきれなかったガイジンたちの姿を描いているが、ネタが小ネタなのでピンとこない。オムニバス形式で何人かを紹介しているのだけど、人物が活き活きしていないのは戦後の物語に多くが当てはまりすぎていて、ノスタルジーの対象にしかなっていないからなのだろう。その意味での意外性はない。たぶんにこれはある戦後史のカタチとして日本人が書いてもいい本なのだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 



カリフォルニア・オデッセイ6 ハイウェイの誘惑 ロードサイド・アメリカ 
海野弘:グリーンアロー出版社:2381

 このシリーズも最終章を迎える。ここではアメリカの神話としてのハイウェイが出てくる。アメリカの文化として独特な役割を果たすハイウェイをロードサイドに欠かせない次の三点から考察する。「ガソリンスタンド」、「ドライブイン」、「モーテル」、「アトラクション」
 これらがいかに独特だったものかをまずヨーロッパ人の目から見て行く。ナボコフの「ロリータ」がそうだという。二人が移動に使うのがクルマであり、アメリカ人の生活とロードサイドの風景を異邦人の視線で描いているという。
 時代とともに変わる風俗とビジネスをアメリカの地の力とみるか、画一化とみるかは結論はでない。丹念に記録された写真に映るマクドナルドデニーズハワードジョーンズホリデーインモービルエッソシェルなどのチェーン・フランチャイズ店はいまもある種の繁栄のイコンであることは確かだ。
 そして終章でふたたびケルレアックのカリフォルニア行が登場し、このオデッセイは終わりを告げる。なんでこんなおもしろい本が話題にならないのかが不思議だ。
 
 
 
 
 



物語の作り方 ガルシア=マルケスのシナリオ教室
G.ガルシア=マルケス:岩波書店:2700

 キューバの映画テレビ学校で、ガルシア・マルケス(コロンビア)を中心に、プロ、アマのラテンアメリカ各国の映画テレビ関係者が30分のテレビドラマのプロットを考えるワーク・ショップの試みの記録である。
 30分と言うのはみんなで叩いてカタチにするにはちょうどいい長さということで、、一人一人が持ち出すアイディアを脹らまし整理していく。
 「週末の泥棒」。泥棒が盗みに入った女主人と、いつの間にか信頼し合い打ち解けてしまい、一緒に週末を過ごすことになる話。
 「第1バイオリンはいつも遅刻する」。オーケストラの奏者である夫が殺し屋だということに気づく妻のサスペンス。
 「シダリアとベリンダ」。歳の離れた抑圧された姉妹が、田舎の旧家の中でおかしくなっていく愛憎劇。
 他にも、アルゼンチン人がカリブ海で休暇を過ごそうとするとホテル中がアルゼンチン人で溢れる話。刑務所から出てきて復讐を誓う老人に悪魔が近づき、若さを取り戻させる話。余命が少ない男が死神を取引をする話。などがポンポンと飛び出す。
 もはや日本では通用しないような話がまだラテンアメリカでは通用するんだなあと感じた。上記の話なんか、星新一のショート・ショートだよね。昭和30年代ということ。そこらが常識なんだろうね。ラテンアメリカ人が信じられる話は日本人とまた違うことがわかりおもしろい。だからどうしても映画はドメスティックな部分と切り離せないのだろう。
 ガルシア・マルケス自身、イタリアに映画の勉強に行っていたくらいで造詣が深い。本書のなかでは、クロサワの『生きる』、『七人の侍』が言及されていて、その物語の力強さは、好むと好まざると世界中に日本映画としてでなく、映画自体が強い印象を与えるのだなと思う。贔屓目じゃないのは、作者の日本に対する知識はいい加減でまだ汲み取り便所だと思っていたりしているのに、それを差し引いてもクロサワがおもしろいと言っているところだ。
 このワーク・ショップの進め方も創作教室として勉強になる。どのようにしてアイディアを話し合って形にするかはスリリングでもある。どうしてもアイディアが出なくなって休憩に入るとき、窓を開けて換気をしようとした生徒に、「開けては駄目だ。神聖な空気までも出て行ってしまうんだ」というのはわかってらっしゃると思った。
 
 
 



パブロを殺せ マーク・ボウデン:早川書房:2500

 コロンビアのメジシン・カルテルのトップ、パブロ・エスコバルがいかに権力を拡大し、やがてアメリカに追われ、殺されるかまでを追った本書は、徹底して捕物帖として描かれている。特にコロンビア政府の影にいるアメリカの存在を余すことなく暴き出しているが故に貴重なレポートと言えるだろう。
 アメリカで裁かれ刑務所に入れられることを恐れる彼は、コロンビア政府を取引をして自首する。収監された刑務所は、彼自身のカネで作られた豪邸であり、麻薬取引のビジネスも続けていた。コロンビア政府は、居場所がわからないよりはマシという判断だった。
 直接介入できないアメリカ政府は、CIAをはじめとするあらゆる特殊部隊を送り込む。しかしそれはワシントンの権力・予算争いの延長にしか過ぎない。
 もっとも恐ろしい事実は、再度逃亡生活に入ったパブロをいぶし出すために、アメリカの刑務所に入っているかつてのライバルのギャングをコロンビアに密入国させて、巨大な民兵集団ロス・ペペスを作り上げて、パブロの財産や家族を標的としたテロを行う作戦を行わせたことだ。これはヴェトナム、アフガニスタンで起きたことと同じパターンだ。結果として、パブロは殺されたが、別の組織が政府に入り込むということに過ぎなかった。アメリカの言う「麻薬との戦い」、「テロとの戦い」の空しさを考えさせられる。
 2002年現在、ブッシュはコカインと誘拐を財源とするコロンビア左翼ゲリラをテロ集団と認定し、軍事行動を視野にいれている。皮肉なことには、ここに書かれているように本気になればコカインの精製の薬などはアメリカからの輸入であり、最大の消費国がアメリカな訳でその二重基準は止みそうもない。


山口組若頭殺人事件 木村勝美:イースト・プレス:1,700

 神戸オリエントホテルで白昼起きたあの事件。その真相を探ろうとすればするほど、深い闇が広がる。政治・経済の表舞台が係わってくるからだ。小沢一郎の政治資金の流れ、証券バブルのマネーロンダリング、その舞台としての芸能界や金融界。そして引き金を引く暴力装置。
 これらの流れについて筆者は押さえたトーンで書き連ねる。一読して信じられない内容。どこまでが推測なのか。この流れを読む限り、許永中や自民党竹下派分裂などが繋がってくる図式に唖然とする。
 
 
 
 
 
 
 
 
 


兵器マフィア 武器秘密取引の内幕 江畑謙介:光文社:1359 

 フレドリック・フォーサイスの『神の拳』のモデルとなった、スーパー・ガンのイラクへの輸出事件の真相が書かれている。湾岸戦争、イラン・イラク戦争前後の武器を巡る各国の暗躍の様子や輸出国としての中国の様子。NYテロ事件の予告編としてアフガニスタンへの武器の流入についてすでに描かれている。
 ただソビエト崩壊以前のものなので資料が古い。日本の武器輸出入について、東芝ココム違反事件の意味、対潜哨戒機導入の裏側についても書かれている。


天下無双の建築学入門 藤森照信:ちくま新書:720

 建築をいろんな文脈から切り離してすぐ作品として見るから、コンクリート打ちっ放しを美しいと言ったり、へんてこな家を褒めたりするわけで、この本を読むと筆者の妄想を含めて建築の面白さに目覚めることは間違いない。
 建て売り一戸建てに必ずあるベランダ。あれは欧州にはないもので、いわゆる植民地スタイルであるとして明治の建築家は外人建築家が作ろうとした建物にクレームをつけた。そういえば明治村の建築物は西洋建築をいわれながらも、アジアの植民地の建物スタイルだよなあ。
 ドアが外開きするのも日本独自だと指摘する。映画で見ると確かにそうだ。相手を確認するのには内開きじゃないとダメだ。防犯で考えたら蝶番が外にあるし、外に開けられたら相手の侵入は防げないわな。内開きはホテルくらいだよね。
 神社の形式も元々は森のなかの一本の木が神が宿る依代としてあっただけだったのに、をそれを守るために屋根が作られ神社になったのではないかという推測。
 通説としてのエンタシスや正倉院。エンタシスが法隆寺に影響したというのは証明されていないし、正倉院は湿気が少ないというのもウソ。実際は湿度の変化が緩やかだったので長持ちが出来たというのが真相らしい。
 想像が飛躍しすぎるところもあるけれど、読み物としては充分におもしろすぎる一冊です。


封印されていた文書(ドシエ)昭和・平成裏面史の光芒Part1 麻生幾:新潮社:667

 梅川事件、浅間山荘、下山事件、ホテル・ニュージャパンなどなどの事件をも一度掘り起こそうというわけで、当事者(大体が警察組織など)の視点から描いたプロジェクトXのようなもの。読み物としてはおもしろいが一面表層的なので、他の目線からの本と併読することをお薦めします。
 
 
 
 
 
 
 
 


ドナービジネス 一橋文哉:新潮社:1400

 相変わらず飛ばし過ぎの一橋だが(まあ著者は数人の合作という話もある)、読み物としておもしろいことは確かだ。事実と創作がどこまでかは眉唾ものだけどね。あまりに秘密の話なのでだれもウラが取れないところがなんともはやだ。
 いわゆる新聞の三面記事描写(「深夜バンバンという音が聞こえ何々さんが外に出てみるとあたり一面血の海だった……」)の通俗性と、ニュージャーナリズムの記者が全面に出て体験したことを事細かに書くという手法をごっちゃにして、いかにも週刊誌ネタで読者を煽る体裁となっている。
 いままでどこかで聞いたことはある、海外での臓器移植や死刑囚の臓器を抜くようなの話ではあるが、実際の数字や地名が出てきて飽きないように書かれている。
 
 
 
 


荷風と東京 『断腸亭日乗』私註 川本三郎:都市出版:3200

 分厚い本ながらも気軽に読めてしまうのは、当世の散歩者である著者が実際に荷風と同じ町を歩き回ったからだろう。その皮膚感覚を通じて荷風の考え方を推理していく形になっている。
 大久保の山手の屋敷から出た、金持ちの次男坊は築地に住み歌舞伎界にあこがれる。しかし長屋の喧噪が嫌になり、麻布に移住する。そこは外国人が住むような屋敷が点在する場所だった。慶応大学での職を持ち世間体を整えられて荷風は株の余録で優雅に暮らす。玉の井通いもこの頃だ。戦後はすべてを失い市川で一人で晩年を過ごす。
 衒学的な文章がひとつもないので、この時代この東京に生きたハイカラな文学者の姿が浮き彫りにされる。文学評論家前田愛氏が生きていれば的確な注釈が付いただろう。
 
 
 
 


イサムノグチ 運命の越境者 ドウス昌代:講談社 上下:2000

 評価が安定しない、日米のハーフであった現代彫刻家の伝記。作者は日米をまたぐ人物のルポルタージュには定評のあるドウス昌代。
 ノグチは元々手先が器用だった。日本で少年期を過ごし、創作で身を立てようとニューヨークの芸術学校へ入学しようとしたときに、講師がノグチに彫像の模写を命じた。即座に誰よりもうまく模写をしたノグチを講師は、基本が出来ていないと認めなかった。
 これは重要な挿話と思える。まず西洋芸術において、模倣は忌み嫌われるものであり、師匠の真似(模倣)からはじまる東洋の考え方は理解不能なのであろう。どんなに模倣をうまくできても認められないのである。シュールレアリズム以降のいまもこの考え方は支配的だ。ノグチが、無国籍なシュールレアリズムに近づいたのも頷ける。
 だが結局のところアメリカでは日本的な、日本ではアメリカ的な芸術家としての道しか歩めなかったのには過度の手先の器用さが災いしたようにも思える。職工としての優秀さは芸術家としての個性を生み出すまでには至らなかったのだ。
 俗世ともうまくやれた彼の一番有名な作品は、紙と木でつくられた照明「あかり」だろう。芸術界ではインダストリアルデザインであって、芸術作品ではないというのが通説らしいが。非常にドラマティックな人生は読み物としても充分に楽しめる。
 
 


キング・オブ・コカイン コロンビア・メデジン・カルテルの全貌 ガイ・リオッタ ジェフ・リーン:草思社 上下:1900

 80年代にアメリカでコカインが蔓延したのは、通常の何倍の速度で心身が回転するバブル社会に最適なクスリだったことが挙げられる。その爆発的な流行に、それまでのラヴ・アンド・ピースな大麻(マリファナ)で作り上げられた密輸ルートが、コロンビア人とアメリカ人によって受け継がれ、徹底的に利用されたこととアメリカ政府がコカインに対してはあまり注意をしていなかった結果といえる。
 航空機を使うルートは洗練され、カリブ海の小島を買い取り滑走路を敷設することから始まり、ノリエガ将軍のパナマ政府と取引をしたり、ニカラグアの革命政府を利用して、数トン単位で毎週運んだ。
 コロンビアの小都市メデジン出身の麻薬王たち(メデジン・カルテルはひとつの犯罪組織ではなく、メデジン出身者たちがカルテルをつくりコカイン販売を行ったことを意味する)は政府に介入し、政治家になったり、言うことを聞かない最高裁判所を襲撃したり、ありとあらゆる反対派を殺しまくる。
 本書は、何人かの麻薬王が捕まる時点で終わっているが、需要と供給の関係がある以上アメリカの影から逃れられない中南米の歴史が見える。
 あとこれは昔から言われていたことだけど、コカコーラの噂はホントのことのようだ。
 「コカインは、毛細血管が集中する部位の近く手術するとき、局部麻酔に使用される。アメリカではニュージャージー州メイウッドにあるステパン・ケミカル・カンパニーがコカの葉を輸入し、コカインに加工して製薬会社に供給している。ステパン社から出る残留物----コカインの成分はゼロである----はジョージア州アトランタに運ばれ、コカコーラの味の秘密であるフォーミューラ7Xの原料になる。」 


誰がタリバンを育てたか マイケル・グリフィン:大月書店:2600

 今や過去となってしまったタリバンだが、本書はソビエト撤退から部族紛争、タリバン誕生、テロ前夜まで描かれていて、いまのアフガニスタンの政権に参加している連中が昔なにをしていたかがわかる。
 またアフガニスタンの覇権争いが大パシュトゥーン主義というパシュトゥーン人のための国家建設がその根にあることがわかる。欧州列強によって、アフガンとパキスタンに分断された民族の統一が深い部族対立の源になっている背景。
 それらは20世紀初頭のイギリス対ロシアの「グレート・ゲーム」と称せられる、この地を巡る争いにはじまることを忘れてはならないだろう。
 その意味では少しも古びていないし、歴史書としても十分の資料性を持ち合わした内容となっている。硬い本だが奥行きがありながらもジャーナリスティックな部分も持ち合わせている。
 
 
 
 


山口組・血の4000日 洋泉社:1300 

 いま住んでいるところは、そのギョーカイの方々が多いようで古本屋に本書や週刊実話などがあったりする。ギョーカイの動きは関係者としては気になるのだなあ。
 田岡組長が死んで、いまも続く中野会との争いまでの模様を描いた内容はその意味では業界の必読書とも思える。読んでいるとまさに仁義なき戦いのように、どちらに着くかで一夜にして勢力地図が塗り替えってしまう数の論理は、一般社会とあまり変わらんような気がする。親分たちへの美辞麗句の脚色や英雄譚が全くないために駆け引きのエグさが前面に出てくる。親分が頑張っても子分がボロボロと切り崩されて寝返る様子などは、最後は義理人情じゃないんだねえということがよく分かる。
 
 
 
 
 
 


要塞都市L.A.  マイク・デイヴィス:青土社:3400

 海野弘のカリフォルニア・オデッセーシリーズは、久しぶりに興奮する視点からロスの文化を斬った叙事詩だと感じたけれど、やはり元ネタがあったのね。本書の序章に多くのヒントが隠されており、それをより芸能ジャーナリスティック、あるいは日本人に合うように作り上げたのが海野氏の着眼点だ。
 しかしアカデミズムからドロップアウトした著者の視点は、さらにシニカルにロサンゼルスを解剖する。社会学の方向から切り取っていく有り様は鋭いが、日本人には解釈しきれない部分がある。膨大な注釈がないととても理解しきれない。
 1920年代に出来た社会主義的コミューンが崩壊していく様子。市街地が要塞化して外に向かっては閉じられる安全な高級ショッピング・モール。その外側で繰り広げられるギャングの抗争(これは映画『カラーズ』で描かれてる)。週末の家庭菜園で過ごすためにクルマで4時間かけて通勤する姿なぞ、開拓時代とどこが違うんだという時代を超えた住民気質も窺える。
 そしてロスという異常な都市空間の成り立ちは、結局のところLAタイムズの社主のチャンドラー家をはじめとする、数人の金持ちがこの街に対してすべての決定権を握っていたことに起因する。彼らの意向で街が作られ警察や役所も牛耳られたから、このような欲望が肯定される不思議な街に仕上がったといえよう。その卑しい街を歩くのが、フィリップ・マーローら、ハード・ボイルドの男たちだ。
 ハリウッドなどの描写は少ないが、筆者はこの映画、レコードなど世界最大のソフト産業集積地をこう描写する。ディズニーランドは「イメージのエンジニアリングの結果」だと。


京の骨董は使うもんどすえ 小林明子:廣済堂出版:1600

 「デパートで客用の白い規格品の西洋皿を買うのなら、同じ値段で骨董の江戸時代の和皿が買うことが出来る」とこの本に登場する骨董屋の主のひとりが言う。骨董は日常使われることでその良さが引き立ってくるとも言う。京都にある、扱っているものが違う骨董屋数人が丁寧に著者の疑問に答えながら骨董の良さについて語る。骨董についての注釈も易しく読みやすい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 


SBS特殊部隊員 英海兵隊最強のコマンドー ダン・キャムセル:並木書房:1900

 イギリス特殊部隊というとSASが出てくるが、海軍の特殊部隊SBSというのもあるんだというのが本書である。ようするに、海から侵入するのがSBSということらしい。SASよりもエリートだぜという言い方がやたらでてくるが、それは元隊員の本ということで、それを差し引いてもおもしろい。テロリストが占拠する北海の海底油田に近づくのに、潜水艦に掴まって海中から部隊が乗り込み、30メートルの縄ばしごをよじ登って潜入したり、ソビエトの軍艦の底部を計測するために、軍港の海底に忍び込むところなんてホントかいなと思うほどアクション映画のようだ。
 
 
 
 
 
 
 
 


ロシアン・マフィア 旧ソ連を乗っ取った略奪者たち 寺谷弘壬:文藝春秋:2200

 こつこつと新聞などを読んで集められた資料に基づく、ロシアン・マフィアの姿がみられる。ロシアを経済的、暴力的、裏の政治的に牛耳る組織の成り立ち、組織の掟、現状が取りまとめられている。
 これを読むと、ロシア革命前から、チェチェン、中央アジア、極東、バルト海と様々な民族がそれぞれに結束して独自の組織を築き、その結果現れたのがマフィアだというのがわかる。その流れが分からないといまのロシア事情はわからないのではないか。ウラから見たロシア像として貴重な報告だ。


トム・クランシーの戦闘航空団解剖 トム・クランシー:新潮社:781

 あらゆるテクノロジーの最高峰がもっとも早く多く集まるのは軍隊であって、それが数年して民間に転用されるのが歴史の必然だ。レーダー、ジェットエンジンにはじまり、GPSやコンピュータ・テクノロジー、またはMBAを取得したエリートどもが振りかざした統計理論は、もともとB29の生産過程の効率化を進めるボーイング社のマニュアルからはじまったと聞く。もちろん映像技術もそうだ。ハリウッドが大規模な撮影部隊を世界中動かせるのも軍隊のノウハウが動いているのだろう。
 国家あるいは人が生き残るためにあらゆる手段を取るのが軍隊の使命なので、予算とか効率はともかく言っていられない。第一次世界大戦以降、軍隊における考えはそうであった。しかし、物量ですべてを駆逐することを旨としていたアメリカ軍は、第二次大戦の総量より多くの爆弾を落としながらヴェトナムで敗退する。そして冷戦構造の崩壊。肥大官僚化した空軍はそのシステムの再構築を求められる。
 それまで、戦闘機、爆撃機と種別ごとに分かれていた旅団を、戦闘機、爆撃機、燃料補給機を一パッケージにして世界中どこでも派遣できるような形にすること。いわばそれまで職能別のチームだったのを、高度な戦闘チームに変換させたのだ。これは、陸上戦闘が、歩兵、砲兵などに分かれていたのを、特殊部隊のようにしてコンパクトに行動させるチームに変化させたことに相応するといえる。『ライト・スタッフ』、『トップ・ガン』に描かれた戦闘機乗り対爆撃機の酒場での派手な喧嘩みたいな描き方は古くなったことがわかる。
 このシステムが実際に運用されるかは、湾岸戦争まで待たなければならなかった。この戦略、戦術的な成功はヴェトナム後遺症を本当の意味で払拭できたと米空軍は考えているようだ。従って勝利に対する誇りも大きい。
 いまのアメリカの方針としては、海外の基地は閉鎖して国内防衛に重きを置くようにする。フィリピンのクラーク空軍基地、ドイツにおける基地縮小の流れなどと一致する。もう一つの方針として、世界で同時に二つまでの紛争が起きたときに対応できるシステムを保持する。911のテロ以降これらの体制がどう変わっていくのか。また航空自衛隊に何を求めてくるのか。そのヒントもここに書かれているのではないだろうか。
 アメリカという国の歴史は暴力が作ってきたと言っても嘘ではないだろうが、アメリカの考え方が端的にわかる点では恰好の本と言えよう。911からのアメリカの軍事的な動きの素早さに驚いている人もいるようだが、実際システムとはそういうものだと思う。
 陸上作戦支援、クラスター爆弾や貫通爆弾についても解説してあるのでアフガニスタン空爆についても概説的にわかります。


ザ・ボディガード リチャード・オコーナー:原書房:1600

 ボディガードもピンキリいて、VIPの護衛からロシアン・マフィアの護衛までとある。冷戦の終結は、軍隊を辞めたボディ・ガードが増えるのとロシアンマフィアの護衛の仕事の増加を意味した。本書は彼らについてのインタビューを基に1990年代のボディー・ガード事情を描いている。


ソビエトカメラ党宣言 中村陸雄:原書房:1600
 

 「写るかどうかはわからない、それがソビエトカメラの魅力」と著者はうそぶく。それなら日本の使い捨てカメラを使えばイイじゃないかというのは、光学の持つ魔術に魅了されたことのない高度成長オヤジだ。
 ロモという機種は日本で人気が出すぎて中古カメラの相場を変えてしまったという。まあ作者は撮れば誰でも芸術的な写真が撮れてしまうロモはあまり好きじゃないらしい。ソビエトがアメリカに対抗していた60年代のいかにも人民の汗の結晶である無骨なカメラを好んでいる。このカメラにアグファカラーのフィルムを入れれば、過日のソビエト連邦の風景が印画紙に発色し、衛星都市とか赤い星などの定型句が甦る不思議な写真が出来上がる(昔の朝日社会年鑑に載っていたような赤茶けた写真だよ)。カラーのページもあるのでご参考に。
 ちなみに新宿カメラのサクラヤにもたくさん並んでいた。同時期の日本のカメラとそれほど値段も変わらない。ゆるい遊びとしても良いかもしれない。
 それでもソビエトカメラに躊躇する者に作者は激をとばす。「オートフォーカス、ズームなど使わずに男だったら50mmレンズで勝負してみろ。アンリ=カルティエ・ブレッソンだってそうだったんだから」。不遜である。
 また本書は中古カメラに残って未現像のフィルムをめぐるいい話も読めます。3万円ほどでできる道楽はいかがですか。


都市の穴  木原浩勝 市ケ谷 ハジメ 岡島 正晃:双葉社:1200
 

 「新耳袋」ほど不思議ではないけれど、信じられない都市伝説を集めたもの。口裂け女などはわかりやすい例であろう。知っているものも多いと思われる。いわゆる噂とその伝播のパターンをみている。
 これを読むと本当だと信じていたことが実は都市伝説だったこともわかる。たとえば数年ごとに上京してくる関西の当たり屋集団など、実際に車のナンバーがファックスで会社に流れてくることがいまもあるらしい。でも最後に出てくる宇宙人と付き合っていた女性の話を読むとうーむと考えてしまう。一筋縄ではいかない本だ。
 
 
 
 
 
 


非聖戦 CIAに育てられた反ソ連ゲリラはいかにしてアメリカに牙をむいたか
ジョン・K.クーリー:筑摩書房:2400

 あまりに明晰な分析に驚く。何の推論を用いずすべてをデータとともにあのテロ事件に至る道を解き明かしている。
 すべての始まりはソビエトの首脳部が誤った情報を基に密室でアフガニスタン侵攻を決めたこととそれに乗じてアメリカのカーター政権が反ソビエト代理戦争を遂行したことにはじまる。実はアメリカに入れ知恵したのがフランスの諜報機関の大物だったり、パキスタンのISSとアラブ諸国の存在がタリバンを作ったりとすべてがモザイク状に絡まっていく。アフガン侵攻のソ連軍もイスラム教徒からなっていて、それが、チェチェン等の独立国家やロシアマフィアとなっていく過程など、政治的、軍事的、宗教的、民族、金融、地下資源、麻薬等の裏ビジネス、とあらゆる方面から読み解く。
 著者はアメリカのジャーナリストで中東を専門にしている。いままでメディアでは断片的にしか得られない情報や人脈が統括して目の前に提出されるスリリングさはすごすぎる。ここでみられるのが、ベトナム戦争以降アメリカが中央アジアで何をしてきたかであり、少なくともこれを理解しようとしない限り、世界情勢は読めない。少なくとも冷戦以後の世界地図がどのようなものかを知るには恰好の本である。これを読むと日本人がいまも古い地図を使っているかがわかる。類書は多いけれど、これは必読と言いたいです。
 


文人悪食
嵐山 光三郎:新潮社:743

 ひたすら編集者の目で見た文豪たちの裏話。食いものという視点から人を斬れば、奇人変人のオン・パレード。夏目漱石はロンドン留学での習慣、3時のお茶を欠かさなかった。森鴎外は衛生学にこだわって火の通らないものは食べないし、泉鏡花は細菌恐怖症で真夏でも燗酒しか呑まないし、永井荷風の最期は美味くもない店屋物のカツ丼だったりと何人もの記録が掘り起こされておもしろい。こんな視点から小説を読むとまた楽しい。出典も巻末にまとめられているので原著にあたるのも良いかも。
 
 
 
 
 
 


立花隆先生、かなりヘンですよ「教養のない東大生」からの挑戦状
 谷田 和一郎:洋泉社:1,500

 20代の著者が訥々とまとめた知の巨人として知られる立花氏の発言に異を唱えている。と言っても決して喧嘩腰ではない。筆者の専門である理系に限って問題を抽出しているので話も絞れている。
 立花氏の興味を持つ分野、「インターネット」、「宇宙開発」、「臨死」、「脳」、「遺伝子組み替え」。これらの発言の裏に或傾向を認める。それは80年代に猛威を振るった“ニューエイジ科学”である。日本じゃいまも信じている人が多いみたいだけど、代表的なのがガイア思想ってやつね。
 立花氏の発言は、1)いま地球は危ない、2)だから○○を取り入れないといけない(○○にはインターネット、宇宙開発などのキーワードが入る)、3)それによって人類は次の進化を遂げる。という過程を経ている。ニューエイジ思想がオウムなどのオカルト思想と近いことは明らかだ。近年の発言ではそれが顕著であり、筆者の他に何人もがアンチ立花氏を発言しているが、当人からの反論は今のところないようだ。
 
 
 
 


それでも人は楽天的な方がいい  シェリー・E・テイラー:日本教文社:1524
 

 著者は心理学者であり、この本に書かれてある画期的な考え方というのは、こころの健康な人は物事を現実的に捉え行動するのではなく、現実に対してイリュージョン(楽観的な見通し)を持っていて必ずしも現実的に考えている訳じゃないというところだ。また反対にいままでこころの健康が優れずにうつ状態に陥る人は現実に対する考え方が間違っているのでそれを現実的に直すべきだと思われていたのを、彼らは現実を冷静に見つめすぎるので悲観的に陥るとして、より楽観的にものごとを考えることを薦めている。
 普通に生活をしている人たちが現実をそのまま考えているのではなくちょっと楽観的に見ているというのは発想の逆転としておもしろい。自身の未来について普通は悲観的な見方はしないわな。悪く考えればいくらでも出来るし。
 しかし人は悪い方へと考えないようにできている。悲惨な事故などに遭遇しても人間が回復をして、さらに以前より強くなるというのはこのメカニズムが作用しているらしい。物事には限度があり、様々な部分で反論はあるだろうが、著者は言っている。「物事を自分が楽観的に考えて、何か失ったり悪くなることはありますか?」
 
 
 
 




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