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フィクション 2002


 



素粒子 ミシェル・ウエルベック:筑摩書房:2600

 

 フランスのパリ郊外に住む中年の地味な独身科学者とその兄の学校教師、彼は絶倫で常に女を求めている。今度の短い休暇もヌーディスト村で過ごすつもりだ。なにか良いことがあるかもしれない。彼らの母親はヒッピーでありいまも宗教にハマッテいて、彼らは祖父母の元で育てられた。もともと二人の父親は別々なのだが。たいした事件も無くいくつかの死があり、その合間に彼らの押しつぶされそうな陰気な生い立ちが描かれ、また時間が淡々と過ぎて行く。

 どん詰まりの西欧社会の壁の割れ目から滲み出してくる雨水のようにどこまでも陰鬱な小説だ。なにも安直なドラマや救いもない。中流と余暇と公務員が退屈にだらだらと生きている社会像。ドラマにならないこの風景こそヨーロッパの実像のひとつではないだろうか。

 

 


フルーツの夜 本橋 信宏:河出書房新社:1,600

 

 彼自身の体験した、バブルと裏本AV業界のノンフィクションは面白かった。それを今度は小説として仕立て上げたのが本書だが、いくつかの不可思議なそれこそバブル前は存在すら信じられないような風俗や人物が出てきて面白い。しかしその先への目線がはっきりしない。ノンフィクションでは客観的な立場で良いが小説では主人公としては影が薄すぎてストーリーもそれほど展開していかない。中篇と言う制約もあるのだと思うが、ある世代の感傷と素材だけで成立しているような気がした。

 

 



ZERO 麻生幾::幻冬社 上下::1900

 ZEROとは警察庁公安のなかに置かれた影の部隊。かつてはサクラ、チヨダと呼ばれていた。しかし、だ、本書で活躍するのは警視庁の刑事だ。ZEROは悪役として描かれる。
 中国と日本を股に掛けたエスピオナージがストーリーだ。舞台は東京から北京へ、登場人物も中国の秘密警察、人民解放軍諜報機関、公安警察、永田町の政治家、自衛隊、なぞのスリーパーとしての中国スパイ。かれらが入り乱れて物語が展開する。結構派手な小説だ。
 ただ、人物造型の平坦さ、ドラマの先が読めちゃうミステリーを書くテクニックの稚拙さ(だれかが重要なことを言おうとするとすぐに横槍が入って忘れられちゃうというのが何度もある)が不満な点。ジョン・ル・カレやトム・クランシーが好きなら大丈夫でしょう。
 
 
 
 
 



誇り高き男たち ギャビン・ライアル:早川書房:2100

 このシリーズも傑作と言っているのだけど話題になりません。日本の藤田某とか佐々木某とか、日本人サムライ将校の諜報ものに比べて格段の出来の差があるのだけども。
 今回は、オリエント急行と、トルコ=バグダッド間を繋ぐ鉄道建設をめぐる国際陰謀にドイツ、フランス、トルコ、イギリス、アメリカが入り乱れての活劇。いままで読んだことの無い男と男の決闘の仕方。そのアイディアに感服します。またすごく笑える。作品の完成度の高さ、冒険小説としての円熟味、ユーモアのセンスの上品さ、まさにエンターテインメントの極致です。気取って消化不良の分厚いだけの国産冒険小説を読むのならこれにしなさい。お釣りが来ますこと請け合いです。
 
 
 
 
 
 



噂の娘 金井美恵子:講談社:2300

 1950年代というよりも昭和30年頃の地方都市。家庭の事情から美容室に預けられた小学生の女の子が、その家で一緒に暮らす女たちとの会話を思い出しながら、曖昧に進むひと夏の時間が描かれる。
 気怠い昼下がり、夕方の驟雨、買ってきた総菜の匂い。たわいもない近所の噂話。なんといっても映画スターの話。
 金井美恵子の若き日の作品からある幻視と細かい感覚、目白三部作以降のだらだら会話体の文章、そして映画の話しとが渾然一体となって魅力的な文章になっている。さりげなく仕掛けられた作者の罠に心地よく掛かるのも良いだろう。全く知らないその土地と時代なのに懐かしく近しく感じることができるのはなぜなのだろうか。ひたすら読むべし。
 
 
 
 
 


裏と表 梁日石:幻冬社:1600

 神保町で金券ショップを開く主人公。その友人で運輸会社に勤める男は、金券ショップをたらい回ししたハイウェイ・カードを使ったマネー・ロンダリングで選挙資金を集めようとする。
 そしてカネがカネを呼び、計画倒産、手形決済、ダイアモンド相場と闇の紳士がぞろぞろと現れる。何十億のカネが右から左に流れる。決してオモテには出てこない世界。そんな世界が覗ける。いかにしてカネをつくるのか。錬金術としか言えないその仕組みのスリリングさ。手口が具体的な記述で書かれているので驚く。
 実際のバブルの仕組みもそうであっただろうという裏のカネの仕組みが透けて見える。キャラクターやストーリーも徹底して読み物を目指しているので、社会派ミステリーのようないやらしさがない。
 
 
 
 


師匠! 立川談四楼:新潮社:1300

 作者の本性はかれの師匠、談志の「落語とは男と女の業を描くもの」という考え方の延長にあるような気がして仕方がない。無理難題を吹っかけた口うるさい嫌な相手が実は好人物で、最後にはほろっと泣かす古典落語の構図が横溢している。
 障害者落語一座を結成する話なんてものもその最たるものだ。いくつかの短編がすべて独自の世界を作っていて古典を使いながら、いまも通用する人物造型をしているところが作者の目線だと言えよう。
 
 
 
 
 
 
 


コカイン・ナイト J・G・バラード:新潮社:2200

 できれば本書を読む前に、南欧のリゾート・コロニーの写真をいくつか見てイメージを脹らませて欲しい。その国の貧しい地域に忽然と現れる、清潔なコンクリートで護られた都市。住人は財産を築き40代でもリタイアした金持ち夫婦。やることといえば、エアコンの効いた室内で衛星テレビを見ること。まさに一昔前のアジアの植民地の風景ではないか。
 そんな死んだようなリゾートを活性化させた男がいた。かれのお陰で皆生き生きとして新しいコミュニティーを築き上げようとしていた。そんなとき事件は突然起こる。豪勢な屋敷のひとつが放火されたのだ。犯人はリゾートを活性化させた彼だ。しかしだれに聞いても彼が犯人でないと言う。果たして真相は。この地ではなにが進行しているのか。
 「SFは未来についての心理学である」という作者にとって、リゾートコロニーはまさに人類の実験箱に映ったのであろう。テクノロジーと人間の本性である暴力。西欧民主主義社会が両者は、進歩と退化という相反するものとして隠蔽していた建て前は、9.11で脆くも衛星中継で瞬時に全世界にあからさまにされた。著者は予言的挑発的に煽る。
 本書は形式としてミステリーを踏襲しているが、SFなので後半で裏切られるので注意。「クラッシュ」、「ハイ・ライズ」、「殺す」などが気に入った方にはお薦め。


パーフェクト・キル A.J.クィネル:集英社:695

 イギリスで起きたパンナム機爆破事件を基に書かれた冒険小説である本書は、妻と娘を殺された元傭兵クリーシーが、孤児に自分の技を伝授して、ふたりで復讐を遂げるという王道のストーリーだ。なかなか細部に工夫をこらしているので飽きない。なかでも主人公の後援者であるアメリカ人議員を護る、諜報員仲間によるアラブゲリラに雇われたマフィアとの戦いのあたりはよく書かれている。しかし血の繋がらない親子関係がどうも不自然に見えるのは、主人公の弱さが見えないところではないだろうか。でもよく書けてます。
 
 
 
 
 
 
 
 


ブラック・ホーン A.J.クィネル:集英社:645

 不屈の元傭兵クリーシー・シリーズの第4弾。今度はジンバブエの密猟と香港マフィアが主題だ。ふたつを結ぶのは水牛の角。クィネルの人物は復讐に血道を上げるので、重要な人物がすぐに死ぬ。行動のきっかけや感情移入する人物の強さに欠けるために盛り上がらない。戦闘シーンも平板だ。それでもコンパクトにまとまっているためにシリーズとしては読める。
 
 
 
 
 
 
 
 


ざぶん 文士放湯記 嵐山光三郎:講談社:1,900

 博識強覧の筆者が、湯というキーワードから近代小説の発祥をみたらどうだろうとして書いた連作小説だ。硯友社から夏目漱石まで人と温泉のつながりで描いた文士モデル劇といったところで、ある程度近代文学に興味のある人は楽しめます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 


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